「プロットドリブン」「キャラクタードリブン」の解説とそれぞれの映画の例

ここではストーリーの「プロットドリブン」「キャラクタードリブン」について私の理解の範囲で解説と考察をし、それぞれの傾向の強い映画の例を紹介します。

プロットとキャラクター

映画を構成する要素として「プロット」と「キャラクター」があります。プロットとは出来事のつながり・配置のことで、キャラクターとは登場人物の人間性(意思や感情と、その背景となる性格・人格・経験・価値観・思想・潜在意識などの特徴)のことです。

プロットドリブン、キャラクタードリブン

「プロット」「キャラクター」に関連する対比的な概念として、「プロットドリブン」「キャラクタードリブン」という表現があります。

「プロットドリブン」(Plot Driven=プロット主導)とは、主に出来事のつながり・物事の流れ(を描くこと)によってストーリーが牽引されること、「キャラクタードリブン」(Character Driven=キャラクター主導)とは主に登場人物の人間性(を描くこと)によってストーリーが牽引されることで、映画によってそのバランスは異なります。

どちらかが主の場合もありますし、両方の側面をもつものもあります。

しかしこのプロットドリブン、キャラクタードリブンという概念はややわかりづらく、この対比に対しても様々な意見があるようです。

一般的にプロットとキャラクターのバランスが重要とされますが、映画はキャラクターがすべてで、キャラクタードリブンであるべきという意見もあります。一方、プロットとキャラクターはコインの裏表のようにストーリーの別の側面・視点を表現しているに過ぎず、重要性を比較することはナンセンスだという意見もあります。

出来事の要因

「出来事」には外的要因によって起きるもの(天候、天災、事件、事故など)と、登場人物の内的要因(意思や感情)によって起きるものがあり、「ストーリー」は単純に言えば、「出来事」に「登場人物」が影響を受けるか「登場人物」が「出来事」を起こすかの繰り返しです。

「出来事」を起こす登場人物の行動には、描くかどうかに関わらず、自ずと「その人の意思や感情」が関連しているはずで、「意思や感情」には、描くかどうかに関わらずその背景となる「性格・人格・経験・価値観・思想・潜在意識」などが影響しているはずです。

キャラクター主眼

「誰かが何かをする」のがストーリーであるならば、その「誰か」の「性格・人格・経験・価値観・思想・潜在意識」に特徴がある方がストーリーは面白くなります。何か問題を抱えているとか、弱さを抱えているとか、過去のトラウマがあるとか、ものすごく頭がいいとか、クレージーであるとかです。

ことば遊びのようですが、特徴がないことも特徴になります。たとえば、「これと言って取り柄のない冴えない男が、魅力的な女性に一目惚れして果敢にアタックする」のも十分話の基本にはなりそうです。

登場人物の「性格・人格・経験・価値観・思想・潜在意識」に特徴がある方がストーリーが面白くなるのであれば、本来ストーリーはキャラクターを豊かにあるいは掘り下げて描くことが重要で、映画はキャラクタードリブンであるべきという意見もうなずけます。キャラクターがあまり描かれず出来事の繋がりだけを描くストーリーでは不十分というわけです。

プロット主眼

しかし、プロットを描くことに主眼が置かれている映画もあり、目新しいプロット、刺激的なプロットによっても映画は面白くなると思います。

SF、アクション、ホラー、スリラーはプロット主導の場合が多いようです。

映画制作者によっては、人間の感情の機微や複雑な人間関係を描くよりも、機知に富んだ設定や魅惑的な世界観を描きたいとか、派手なアクションを描きたいとか、怖いものを描きたいとか、スリリングな状況を描きたいということもあると思います。

観客側も同様に、人間の感情の機微や複雑な人間関係を見るよりも、機知に富んだ設定や魅惑的な世界観を見たいとか、派手なアクションを見たいとか、怖いものを見たいとか、スリリングな状況にドキドキしたいということもあると思います。

そういった映画は、キャラクターを豊かに描くよりも出来事の繋がりを描くことに主眼が置かれる傾向があると思います。

余談ですが、魅惑的な世界観を描くことを重視しすぎて、ストーリーがおろそかになることもあるかもしれません。「世界観」は「プロット」や「キャラクター」と関連しつつも、プロダクションデザイン(美術デザイン)が密接にかかわる部分で、「プロット」や「キャラクター」とはまた違う映画の切り口です。

「プロットドリブン」VS「キャラクタードリブン」

結局のところ「ストーリーは登場人物と出来事の関係によって生まれ、映画はキャラクターが描かれるべきだがプロットの面白さで引っ張ることも可能で、それぞれの映画には傾向があり、それぞれの観客にも好みがあるが、必要に応じて両方のバランスがうまく取れているとより面白くなる」といったところではないかと思います。

プロットドリブン、キャラクタードリブンという表現はわかりづらいので、「出来事のつながりを主眼に描いた映画」や「キャラクターを主眼に描いた映画」、あるいは、言葉の正確な説明にはなっていませんが、単純に「ストーリーの展開を楽しむ映画」や「キャラクターを楽しむ映画」と言ってしまってもいいのではないかと思います。そう表現するほうが多少はイメージしやすいです。

「プロット」の魅力は登場人物達の活動を通すことでしか見えてこないし、「キャラクター」の魅力は出来事との関わりの中でしか見えてこないため、「プロット」と「キャラクター」は密接に関連し、おそらく、「プロットだけを楽しむストーリー」(ストーリーの展開だけを楽しむ映画)や、「キャラクターだけを楽しむストーリー」(キャラクターだけを楽しむ映画)はなく、どちらかの傾向の強い映画がある一方、「プロット」も「キャラクター」も楽しめる映画もあるのだろうと思います。

ただし、映画制作上、バランスを取ればいいのかというと必ずしもそうではなく、バランスを取ろうとするあまりヘタに両方を詰め込もうとして、どっちつかずになる場合もあるかもしれません。

また、観客の視点では、ストーリーの何に注目するかによってその映画がプロットドリブン(プロットを楽しむストーリー)と感じるか、キャラクタードリブン(キャラクターを楽しむストーリー)と感じるかは、変わってくるかもしれません。

さらには、一般的な意味でのストーリーのない映画もあります。

▶︎ストーリーのない映画・映像作品についてはこちらの投稿をご覧ください。

このあたりの複雑さが、特に映画制作上において、ストーリーやプロットとキャラクターのあり方を難しくしていると思います。

以下、プロットドリブンの傾向が強い映画、キャラクタードリブンの傾向が強い映画、それぞれの例を紹介します。ストーリーの内容にも触れます。単に「傾向が違う」だけでなく、前半と後半で傾向が違う映画や、メインプロットとサブプロットで傾向が違う映画、バランスが取れている映画など、様々です。

プロットドリブンの傾向が強い映画
 

ロボコップ(1987)

ストーリー(あらすじ)
犯罪組織を追っている時に殉職した警官がサイボーグ警官として蘇り事件を解決していき、断片的に現れる生前の記憶に導かれ犯罪組織のリーダーを一旦は逮捕するが、警察を経営する企業のサイボーグ警官プロジェクト成功の影で辛酸をなめた役員が犯罪組織の黒幕でもあり、そのサイボーグ警官は警察隊にも犯罪組織にも抹殺されそうになる。

プロットドリブン キャラクタードリブン
前半はプロットドリブン、後半も基本的にプロット主導であるもののキャラクターも適度にバランスよく描かれている印象です。

前半は、ある程度登場人物の性格は描かれますがキャラクターの掘り下げはなく、転任してきた男性警官と相棒の女性警官が強盗の犯人を追い、男性警官が撃たれ、死亡し、警察を経営する企業オムニ社によって改造されてサイボーグ警官(映画中では「ロボコップ」と表現)になるなど、キャラクター性よりも出来事によってストーリーが牽引されています。

しかし、全くキャラクターが描かれないわけではなく、後半はオムニ社で自分のプロジェクトのお披露目に失敗した役員の男とサイボーグ警官のプロジェクトを成功させて昇進した男の確執や、記憶と感情をなくしたように見えるロボコップとかつての相棒の女性警官の関係性などがスパイスとして効いています。

キャラクターの掘り下げはなくても設定やプロットの妙によって面白いストーリーとなり、ケレン味のあるアクションと相まって、SFアクション娯楽作品となっていると思います。スプラッター要素もあります。

ミッション: インポッシブル(1996)

ストーリー(あらすじ)
秘密諜報組織に所属する男が、失敗して自分だけ生き残った作戦が裏切り者をいぶりだすための偽の作戦で追われる身となり、本当の裏切り者をおびき出すためCIA本部から裏切り者が狙っている機密情報を盗み出すが、徐々に真実に近づいていく。

プロットドリブン キャラクタードリブン
登場人物の特徴の設定はされているものの、基本的にはキャラクターを描くよりも、ミッション遂行の様子や、真実が明らかになっていく様子、その間のアクションを描くことによってストーリーが牽引され、プロットドリブンの傾向が強い映画の典型ではないかと思います。

主人公イーサンの内面については、作戦に失敗し仲間が死亡したことにショックを受けている様子は表現されますが、さほど掘り下げはなく、裏切り者だと勘違いされたあと、本当の裏切り者をおびき出すためにあえてCIAに忍び込むという不可能と思われる計画を立て実行することにも躊躇がありません。機密情報を守備よく盗み出したあとも外的要因で新たな局面を迎え、自分をハメた人物への怒りも表現されますが、その後の行動にもブレがありません。

観客は、この映画においては、彼が感情に振り回されたり困難を前にして逡巡する様子や複雑な人間関係のもつれを見たいのではなく、ミッションを遂行する上での一つ一つの手順や、警戒厳重な部屋へ忍び込んで見つからないように警報装置にも察知されないようにミッションを遂行する緊張感や、裏切りやどんでん返しなどの展開、緊迫感のあるアクションをドキドキワクワクして見ると思います。

インセプション(2010)

ストーリー(あらすじ)
人の夢に潜り情報を盗む非合法の稼業をしている男が、犯罪歴と妻殺しの容疑のため会えなくなっている子供達に会うことも交換条件に、考えを植え付ける仕事を依頼され、仲間を集め危険な3階層潜りをするが、ターゲットの潜在意識に反撃される一方、死んだ妻の幻影にも悩まされる。

プロットドリブン キャラクタードリブン
出来事と主人公のキャラクターは密接に関連していますが、概ね出来事のつながり(プロット)によってメインのストーリーが牽引されています。

メインプロットとサブプロットがあり、メインプロットは「考え(映画中では「アイディア」と表現)を埋め込む依頼に成功して、会えなくなっている子供達に会えるのか?」→成功して合うことができるまでのストーリー(映画の終わりが夢かもしれないと思わせるような終わり方をしているため、現実だとした場合)、サブプロットは「主人公は亡き妻の幻影を断ち切ることができるのか?」→断ち切るまでのストーリーで、メインプロットはプロットドリブン、サブプロットはキャラクタードリブンと言えるかもしれません。

メインのストーリーのそれぞれの出来事を起こしているのは、考えを植え付けるインセプションの依頼であり、その遂行のための仲間集めであり、依頼主が潰そうとしている競合会社のトップかつターゲットの父親の死などです。

一方主人公が亡き妻の幻影(主人公の潜在意識の投影)にとらわれている様子も時間をさいて描かれ、観客に対しては妻が自殺したことやその間接的な原因が主人公にあることが徐々に明かされていきます。

この妻の幻影が、夢の中でスパイ工作をする主人公に影響を与えてきますが、基本的にはそれが直接メインのストーリーを牽引しているわけではないです。後半で、その幻影が主人公と一緒に夢に潜っているターゲット(の投影)を撃ち殺し、そこはストーリーの流れに影響していますが、キャラクター性によってストーリーを描いているわけではなく、一種の外的要因と見ることができるだろうと思います。

キャラクタードリブンの傾向が強い映画
 

12人の怒れる男(1957)

ストーリー(あらすじ)
父親殺しで起訴された少年の事件を12人の陪審員が審議し、最初11人の意見が有罪で一致するが1人は根拠が確かではないと主張して議論することになり、有罪とする根拠の曖昧さや先入観が徐々に明らかになっていく。

プロットドリブン キャラクタードリブン
根拠が確かではないと主張する一人がキーとなっているものの特定の主人公はおらず、全員の性格、思想、感情などのキャラクターが明確に表現されており、それが物語を牽引しています。ただ、個々の人物の仕事や家庭、内面はほとんど描かれず、名前も紹介されません。

会話劇としてのプロットはあるのですが、何か外的な要因で出来事が変化していくわけではなく、あくまで会話、議論で進んでいきます。観客にとっては、有罪か無罪かということよりも、会話のやり取りによって有罪とする根拠の曖昧さや先入観が明らかになったり一人ひとりの判断が変わっていく様子そのものを楽しむ内容になっていると思います。

やや特殊なストーリーであり、見方によって変わってくるかもしれませんが、キャラクタードリブンの傾向が強い映画の一つの例と言っていいのではないかと思います。

タクシードライバー(1976)

ストーリー(あらすじ)
タクシー運転手の仕事を始めた男が、選挙候補者の事務所で働く女に振られ何かを成したいと言って銃を買い、その候補者の街頭演説へ行くが挙動不審で追われて逃げ、最近知り合った若い娼婦を助けたいと思い娼館へ行きその彼女の目の前でスタッフを撃つが自分も撃たれる

プロットドリブン キャラクタードリブン
プロット(出来事のつながり)の構造感は希薄で、ストーリーが展開していく印象よりもエピソードが積み重なっていく印象です。その中で、主人公の気持ちの焦点が定まらないまま行動がエスカレートしていきます。

プロットはありますが、主人公のキャラクターを描くことに主眼がおかれています。少々イカれた寂しい男が女に振られ、銃で騒動を起こす話です。大人の女に振られたので、少女の娼婦を気にかけ面倒を見ることで、自分のアイデンティティを保とうとしているように見えます。しかし若い娼婦を救うどころか最悪のトラウマを与えてしまいかねないことをしでかします。

どうしようもない男の最悪な話かと思って見ていたら、最後、急にいい話にまとめてしまっています。素直に見てしまうと、それまでのイカれた寂しい男が自分の願望を叶えるハッピーエンドに見えますが、死ぬ間際に自分に都合のいい妄想を見ている走馬灯エンディングではないかという見方もあります。

ナイトクローラー(2014) 

ストーリー(あらすじ)
事件事故現場をスクープするフリーカメラマンの仕事を偶然目の当たりにした失業中の男が、盗んだ自転車を売ってビデオカメラと無線傍受機を手に入れ、強引な方法で撮影しテレビ局への売り込みに成功するが、徐々に一線を超えエスカレートしていく。

プロットドリブン、キャラクタードリブン
主人公の、よくも悪くも目的のためには手段を選ばない行動力、言葉巧みに売り込んでいく能力、しかしそこからにじみ出るサイコパスな異常性にフォーカスし、しかしプロットも練られており、より危険な撮影へとエスカレートしていくストーリーの進行に目が離せません。

キャラクタードリブンの傾向が強い映画ながら、プロットとのバランスが取れている例ではないかと思います。