【ヒッチコック研究】映画『裏窓』の感想と、セリフや脚本の考察から見える事件の真相(ネタバレ)

映画『裏窓』(1954)の感想と、ラストのセリフや脚本の考察から見える
事件の真相(ネタバレ)

映画『裏窓』(1954)は、『サイコ』(1960)や『鳥』(1963)などと共にアルフレッド・ヒッチコック監督の主要な映画の一です。

しかし、ストーリーの真相は結局どうだったのか?という疑問を持つ人もいると思います。つまり、主人公の男が主張してきたように本当に隣人の男が自分の妻を殺したのか?という点です。私も最初よくわかりませんでした。

そこで、ラスト近くの字幕と実際のセリフや脚本も併せて確認してみたところ、より明解に見えてきました。

ここでは映画『裏窓』の感想と、この映画で描かれる事件の真相が分かりずらい原因、そして事件の真相を考察します。

『裏窓』のストーリー(あらすじ)

足のケガでずっと家から出られないカメラマンの男が、金持ちで美人のガールフレンドはそっちのけで窓から隣家の様子を観察しているうち、向かいのケンカがちだった夫婦の病気の妻がある日いなくなり、夫の行動も不審に感じ、殺人だと思って周りの人を巻き込み真相をあばこうとする。

映画の特徴 場面がほとんど変わらない映画

主人公ジェフは片足にギプスをしており家から出られず、ストーリーは基本的に彼の部屋だけで進行します

彼は2階(又は3階)に住んでおり、部屋の間取りは映像から分かりづらいですが日本でいうところの広めのワンルームではないかと思います。車椅子で多少の移動はしますが昼も夜もその部屋で過ごし、開いた窓から見える中庭を取り囲むアパートそれぞれの住人達の様子を中庭越しに観察します。

日本ではあまり見かけないようにも思いますが、アメリカでは複数のアパートが中庭を囲んで建てられていることがあります。ニューヨークのマンハッタンを舞台にしたこのストーリーでも、そういった構造がドラマを見せる装置になっています。

ジェフは窓からただ眺めるだけでなく双眼鏡やカメラの望遠レンズを使って覗き、後半ガールフレンドのリズや通いの看護婦ステラが中庭や相手のアパートに調べに行く様子も同じ様に観察し、映画の観客も家から出られない彼の視点でそれらを見守ります。

話の展開に合わせ最後だけ中庭のシーンがあります。

▶︎密室劇・場面がほとんど変わらない映画についてはこちらの投稿をご覧ください。

感想 主人公の描き方への違和感と、ガールフレンドにとってのストーリー
 

主人公の描き方への違和感

評価の高い映画のようですが、個人的には何かちぐはぐな印象を受けました。主人公ジェフの描き方への違和感です。

観察していた隣人が怪しいというサスペンスではありますが、ストーリーの大半は、金持ちで美人で気立てのいいガールフレンドのリザはそっちのけで近隣の住人の生活を散々覗いたあげく、ある人物の挙動がおかしいと言って周りの人を巻き込む男を描いています。「いや、おかしいのはお前だ」というのが見ていて感じた印象です。

隣人の様子は窓越しに見るだけですので、ストーリーは自ずと主人公の様子を中心に描かれ、観客はそれを見ることになります。リザが二人の将来について具体的な提案をしているのに、バカな話はやめよう、写真を撮ってまわる自分と一緒にいるのは大変だ、と力説し、しかしケガのためとは言え実際には近所を覗いてばかりいるジェフが見ていられません。役者の演技はうまいと思うのですが、なまじ見た目初老のそこそこいい男なのにガールフレンドとケンカしてまで覗き(近所の観察)に執着していて違和感があります。サスペンスがメインならそちらを描いてほしい、とも思います。

なぜこういうキャラクターにしたのでしょうか? もしかしたらこの違和感はキャスティングのせいかもしれません。例えば主人公が「ウデのいいカメラマンで根はいいやつだがコミュ症ぎみの青年」と言う設定でそういうキャスティングをしていれば、周りの人に話を信じてもらえない状況にも説得力が出るのかもしれません。

脚本ではジェフは35歳の設定ですが、日本人と西洋人の年齢に対する見た目年齢の違いを考慮しても、35歳には見えません。最低でも45歳〜50歳くらいに見えます。おそらく今このストーリーを映画化するなら、かなり違うキャスティングと演出になるだろうと思います。

ガールフレンドのリザにとってのストーリー

一方、ガールフレンドのリザの描き方は適正だと感じます。

仮にメインプロットが「主人公は、挙動の怪しい隣人の真相を明らかにできるのか?→周りの人を巻き込み明らかにできた」というストーリーであるとするなら、サブプロットは、「主人公のガールフレンドは、主人公のそばに居場所を見つけることができるのか?→彼の役に立つことができた」というストーリーということもできます。

前半では、雑誌の仕事で写真を撮って回る旅をする自分と一緒にいるのは大変で、そんな生活は君にはムリだ、という主人公ジェフと、あなたと私のためにスタジオを開いて落ち着いてもいい頃じゃない?、というガールフレンドのリザが口論もしますが、リザは、あなたが何をしてても構わない、そばにいたいだけ、どうしたらあなたの目を引けるの?と言っています。

最初は、隣人の様子が怪しいといって覗くジェフに対し、いい加減にして、という彼女ですが、その後ジェフの話から女性ならではの視点で隣人の状況の不審な点に気づき、ジェフの調査に協力し、最後は梯子を登ってその隣人宅に忍びこんでしまい、ジェフは慌てます。

ジェフは逆にこちらの家に忍び込んできたその怪しい男に窓から落とされますが、駆けつけた警官がやや受け止め一命はとりとめます。そして、駆けつけたリザに「リザ、心配したよ。よくやった」と言います。

最後は、事件が解決した後日、今度は両足にギプスをして寝ているジェフの横で、リザはくつろいでいます。最初は『ヒマラヤを超えて」という本を見ていますが、ジェフの様子を伺いながら「Harper’s BAZAAR」に持ち替えます。おそらく最初はジェフに合わせて旅行関連の本を手にとっていたけれども、ジェフが寝たので自分が興味あるファッション雑誌に持ち替えたということだと思います。

二人の将来の問題が解決したわけではありませんが、リザはジェフの手伝いをすることで彼の役に立つことができ、彼から気遣いと感謝を得ることができ、ジェフがまたケガをしたため、とりあえず今はまた彼のそばにいることができました。

分かりづらい事件の真相

事件の真相は私も最初よくわかりませんでした。そこで、ラスト近くの字幕と実際のセリフや脚本も併せて確認してみたところ、やはりジェフが主張してきたとおりソーワルドが妻を殺した、というのが真相だと見て取れます。以下考察します。

映画『裏窓』の真相が分かりずらい原因

真相が分かりずらい原因はいくつかあると思います。


・劇中ではジェフが様々な状況証拠に気づくが、殺人や隠蔽に関する具体的な様子は描かれていない

・近所で起きていることは窓越しのジェフの視点でしか描かれず、一方ジェフの様子は詳細に描かれていることもあり、前述の通り、観客にはジェフの行動のやや異常な様子の方が見えてきてしまう

・最後、ジェフが怪しいと思っていた男がジェフの部屋に忍びこみジェフを窓から落とすが、それは単にリザが彼の家に忍びこんで指輪を盗んだため、と見えてしまう

さらに、分かりずらい原因はもう一つあると思います。日本語字幕が簡略化して記述されているためです。

以下、ラストの重要な部分を抜き出して考察します。

リファレンス:『裏窓』スクリプト(脚本)
“REAR WINDOW”
by John Michael Hayes
Based on a short story
by Cornell Woolrich
Final Draft December 1, 1953
より

ジェフとドイル(友人である刑事)の会話

ジェフは、リズが不法侵入して盗んだ指輪を取り返すために自分の家に忍び込んできたソーワルド(ジェフが怪しいと思っている男)に窓から落とされますが、駆けつけた警官がやや受け止め一命はとりとめます。遅れて駆けつけたドイルとの会話です。

字幕
ジェフ「捜査令状は用意したか」
ドイル
(字幕なし)

字幕だけ見ると、最悪、ジェフはリズが不法侵入して盗んだ指輪を取り返しに来た男に仕返しされたのに、この後に及んで相手を妻殺しで警察に捜査させようとしているとも感じてしまいます。

映画中のセリフ
ジェフ「You got enough for a search warrant now?」
ドイル「Oh, yeah, sure.」

映画中のセリフ直訳
ジェフ「もう捜査
令状をとれるほどのものを得たか?」
ドイル「ああ、そうだね、もちろん」

セリフを聞くと、ジェフのセリフは字幕とやや違うように感じます。直訳は私なりの訳ですので、ニュアンスの違いはあるかもしれません。字幕では捜査令状を用意したかどうかを聞いていますが、実際のセリフでは「もう捜査令状をとれるほどのものを得たか?」と聞いています。捜査令状をとれるほどのもの、つまり「証拠」です。

いずれにしても字幕はなくてもドイルは実際には返事をしていますが、それでも、ようやく捜査令状をとれそうな状況証拠が積みあがっただけにも聞こえます。

脚本
ジェフ「Think you’ve got enough for a search warrant now?」
ドイル「Oh sure. Sure. I can make it.」

脚本直訳
ジェフ「もう捜査令状をとれるほどのものを得たと思うか?」
ドイル「ああ、確かに。もちろん。できるよ」

脚本を読むと、ドイルははっきり「できるよ」と言っていますので、捜査令状をとってジェフが怪しんだ男ソーワルドを警察が捜査することが示唆されています。

ジェフの部屋にいる刑事のセリフ

前述のジェフとドイルの会話のあと、ジェフの部屋でソーワルドを取り押さえた刑事がドイルに言うセリフです。

字幕
刑事「ソーワルドとイースト・リバーに検証へ」

先ほどの捜査令状に関する会話のすぐ後ですので、すでに捜査令状があるのかどうか不明ですが、字幕だけ見ても、ソーワルドとイースト・リバーに検証に行くということから、ソーワルドは不当に疑われただけの人ではなく、そこに何か彼に関係するもの、おそらくは殺した妻の遺体があることが示唆されています。

映画中のセリフ(脚本と同じ)
刑事「Thorwald’s ready to take us on a tour of the East River.」

映画中のセリフ直訳
刑事「ソーワルドは私たちをイースト・リバーのツアーに連れて行く準備ができています」

カタカナでツアーと聞くと旅行のイメージがありますが、ここでは「行って案内すること」を表現する言い回しとして使っていると思います。字幕では省略されていますが、ソーワルドが自らイーストリバーに警察を案内するニュアンスが表現され、自分の犯罪を認めたことが表現されています。

脚本
刑事「Thorwald’s ready to take us on a tour of the East River.」

脚本直訳
刑事「ソーワルドは私たちをイースト・リバーのツアーに連れて行く準備ができています」

 

花壇についてのドイルと刑事の会話

花壇も主要な部分です。

字幕
ドイル「花壇の中味は」
(中味は中身の当て字)
刑事「犬があまり嗅ぎ回るので掘り返したと」「帽子の箱の中に」
 
映画中のセリフ
ドイル「Did he say what was buried in the flower bed?」
刑事「Yeah. He said the dog got too inquisitive, so he dug it up. It’s in a hat box over in his apartment.」

映画中のセリフ直訳
ドイル「彼は花壇に何が埋められているのか言ったか?」
刑事「ええ。 彼は犬があまりにも好奇心旺盛だったので掘り起こしたと言いました。 それは彼のアパートの帽子箱の中にあります」

ドイルのセリフは脚本と一緒ですが、刑事のセリフは次に示す脚本より詳細に説明しています。字幕はいい感じに翻訳しています。ソーワルドは一度埋めたものを犬が嗅ぎ回るので掘り返し、アパートにある帽子の箱に入れてあると供述したことがわかります。

脚本
ドイル「Did he say what was buried in the flower bed?」
刑事「Yeah. It’s over in his apartment. In a hat box. Wanna look?」

脚本直訳
ドイル「彼は花壇に何が埋められているのか言ったか?」
刑事「ええ。 彼のアパートにあります。 帽子箱の中です。 見たいですか?」

映画中ではドイルがステラに言ったセリフ「見たいですか?」は脚本では刑事のセリフになっています。

ドイルとステラのやりとり

ステラが一瞬置いてドイルにハッとした表情を向けた理由に対する疑問を持つ人もいるようです。

字幕
ドイル「見るかね」
ステラ「バラバラは結構よ」

字幕はこれだけでも十分だと思いますが、ステラのセリフが簡略化されているため、これを言ったあと彼女が一瞬置いてドイルにハッとした表情を向ける理由が分かりづらくなっています。

映画中のセリフ
ドイル「Wanna look?」
ステラ「No, thanks. I don’t want any part of her.」

映画中のセリフ直訳
ドイル「見たいかね」
ステラ「いいえ結構よ。 彼女のどの部分もいらないわ(見たくないわ)」

ステラは実際のセリフでは、単に「バラバラ」ではなく個々の部分を思い巡らすような表現をしています。

脚本
「Wanna look?」は脚本では刑事のセリフ
ステラ「Oh, no thanks – I don’t want any of part of her」(She pauses, then does a surprised take back to Doyle)「What did I say?」

脚本直訳
ドイル「見たいかね」
ステラ「いいえ結構よ。 彼女のどの部分もいらないわ(見たくないわ)」彼女は一時停止し、その後ドイルに驚いた表情を向ける。「私なんて言った?」

「I don’t want any of part of her」は記述間違いで、正しくは「I don’t want any part of her.」だと思います。脚本では映画中にはない「私なんて言った?」というセリフが書かれています。個々の部分を思い巡らせ、帽子箱の中に収まりそうなものはソーワルドの妻の頭部が入っていると察してハッとした、ということだと思います。

『裏窓』のストーリー中の真実

他のシーンの内容も含めてまとめると、真実は以下のようになると思います。

ジェフが覗いていた近隣の一つ、ソーワルド夫婦の妻は病気がちで、ソーワルドは食事を用意するなど面倒を見ているがケンカがち

ソーワルドは妻を殺し、バスルームでバラバラにし、一部はスーツケースに入れて雨の中何度かに分けてイーストリバーに捨てた

頭部は花壇に埋めた(おそらく、花壇に全身分は埋められないため頭部以外はイーストリバーに捨て、イーストリバーで遺体が発見されても身元がわれないように頭部だけは花壇に埋めた。)

バスルームは後日掃除した

犬に花壇を嗅ぎ回られたので頭部を掘り返し、犬を殺し、頭部は帽子箱に入れてアパートに置いてある

映画の脚本を読む

脚本と実際の映画を比較するのは面白く、勉強になります。

▶︎映画の英語スクリプト(脚本)を閲覧できるウエブサイトについてはこちらの投稿をご覧ください。『裏窓』のスクリプトを閲覧できるサイトもあります。

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