日本のSF映画の最高峰の一つにして、災害映画として今見ておくべき映画
映画『日本沈没』は、渾身の特撮と現実味のあるドラマによって表現された、日本のSF映画の原点かつ最高峰の一つと言っていいと思います。また、いつ大地震が起きてもおかしくないと言われる現在見ておくべき映画だとも思いますので、感想や解説をまとめておこうと思います。
小笠原諸島の小島が海底に沈んだため、潜水艇の操縦者の男と日本海溝の調査をした物理学者の男が海底に重大な異変が起きているのを発見し、やがて日本各地で地震や火山の噴火が起こりはじめる。博士たちは政府と共に更なる調査を行い、最悪の場合には日本列島の大部分は海に沈んでしまうという予測に基づき政府が極秘に準備を進めるなか、日本各地を大規模な地震が襲っていく。
日本のSF映画の原点かつ最高峰の一つと言っていいと思います。
特撮によって大規模地震による都市の崩壊と混乱の様子がリアルに描かれているだけでなく、ドラマとしても、潜水艇操縦者の小野寺青年や物理学者田所を中心に、混乱のなか登場人物たちが状況に対処しようとする様子や政府が手を尽くす様子も描かれます。
この物語の多くの部分は潜水艇操縦者の小野寺青年とその周辺の出来事が描かれ、彼が主人公的な位置づけだと思います。しかし日本沈没の危機とその対応という極めて大きな事柄を主軸とするストーリーにおいて、一潜水艇乗りにできることは当然限られ、彼の身の回りの出来事だけを描いているわけでもなく、物理学者の田所や山本総理や渡老人、政府の極秘プロジェクトとして調査と研究を進めるメンバー達も含めた群像劇といえると思います。小野寺青年が絡まないシーンも多いです。
小野寺は、飄々(ひょうひょう)とした印象のある青年です。そういう演出なのか、役者の持つ雰囲気なのか、一生懸命さやまじめさもある一方、どこか地に足がついていないというか、当事者ではない雰囲気がします。意図的かどうかわかりませんが昭和の時代の若者像が反映されているのかもしれません。
「ゆとり世代」とか「Z世代」とか、いつの時代も若者達の考え方や行動は前の世代の理解を超えている印象を持たれがちです。昭和の若者も「何を考えているかわからない」と言われ、この映画が公開された1973年と少しずれますが、1980年代には「新人類」という表現もありました。
「何を考えているかわからない」と言われた世代が歳を取ったときにはさらに若い世代に対し「何を考えているかわからない」という繰り返しだろうと思います。
小野寺は前半はごく普通の好青年として描かれ、特に主体的な様子はありません。調査への執着やこれから起きるかもしれないことへの危機感と苦悩は田所を通して描かれ、小野寺は、たまたま潜水艇操縦者として田所に出会った青年です。
小野寺青年が付き合い始める女性玲子との関係も描かれますが、上司の紹介で会ってすぐ付き合い始め、恋愛の様子は描かれるものの、どこが気に入ったのかなどの感情はほとんど描かれず、しかもその後会社に辞表を出し、上司を怒らせています。
会社をやめたのは、政府の極秘プロジェクトによってフランスから調達した潜水艇で調査を進める田所に誘われた(又は田所の推薦でプロジェクトから依頼を受けた)ためということだと思いますが、辞めることへの小野寺の逡巡などは描かれていません。
意図的な演出にせよ偶然にせよ、当時の「何を考えているかわからない若者」感が表現されているように思います。
後半は少し「当事者」的になります。
玲子と海外へ脱出することにしますが、(これもどこか日本のことに関しては他人事のような雰囲気ですが)その前に地元に戻った彼女が富士山噴火による混乱にまきこまれてしまい、電話口で、玲子が何か危険な状態に陥ったことを察した彼は、探しに行きます。
しかし、その後いつの間にか小野寺は、船で逃げようとする人々に対し、危険だから戻るようにとヘリコプターから拡声器で注意する活動をしています。それまでの流れや様子からするとやや飛躍する印象です。
仮面ライダーで人気となった藤岡 弘さんが、この落ち着いた柔らかい印象の好青年小野寺を演じていますが、1965年から活動を開始した藤岡さんは、すでに8年ほどの映画キャリアがあったことがわかります。
無人島が沈んだ異変のため「役所」の依頼で小野寺の操縦する潜水艇で海底を調査します。偉そうな話し方の物理学者ですが、海底の異変を見つけ、何が起きているのか「わからない」と言いつつも、誰よりも熱心に調査を進め、政府へ日本沈没の危機を伝え、プロジェクトを牽引します。
しかし危機感が昂じて、日本列島は沈没すると発言する田所の記事が出てしまい、その後テレビ出演中に田所に反論し嘲笑する学者に掴みかかってしまいます。その後プロジェクトに辞表を出しています。また姿を表すのはいよいよ総理が避難する後半です。
山本総理
想像もしていなかった状況に翻弄されながらも、専門家の意見を聞き、判断をしていく総理の姿が印象的です。当初周囲には田所の話を真面目に受け止めない人物もいましたが、総理は終始ニュートラルです。
総理をリーダーとする非常災害対策本部は当初なすすべもなく、頼みの綱の自衛隊ヘリの消火弾も各基地使い切ったとヘリの隊員は伝えられますが、眼下には今まさに燃え盛る街が広がっており呆然とします。
しかしその後日本の沈没の可能性が明らかになるにつれ日本人を脱出させる計画にシフトし、そのために総理が自ら奔走する様子も描かれます。
田所がプロジェクトから退いた後半は、総理が「日本沈没への対応」という面ではストーリーの軸となっていきます。
丹波哲郎さんが現実感のある総理を演じています。
渡老人
政治に影で影響力のある老人で、田所を呼んで話を聞いたあと、異変の調査をする政府の極秘プロジェクトが動きます。小野寺の会社の潜水艇は1年先まで予約済で使えないため、フランスから潜水艇を買いとり田所に提供されますが、話の流れから、渡老人が手をまわしたと推測できます。
また、プロジェクトのために自分の絵のコレクションを売ったことが、プロジェクトメンバーの間で話されます。
内閣調査室の国枝は「よくは知らないが、政財界の黒幕で、今の総理を総裁選に押し出したのも、あの老人だそうだ」とも語っています。
ストーリーにおいて「政治に影で影響力のある老人」というキャラクターはしばしば描かれます。ここでは「表と異なる裏の顔がある」とか「暗躍する」という意味ではなく、基本的には引退しており表舞台にはいないが、未だ政治力を持つ人物というイメージです。渡老人はまさにそういった人物ですが、このようなキャラクターはこの映画が最初でしょうか?
終盤、この渡老人が姪のはなえに言うセリフに、この映画のテーマがあるのかもしれません。
「やや」とは赤ん坊のことです。
セリフ、人間関係に昭和を感じます。
田所
物理学者の田所の口調が「俺は、、」とか「もう一度底へ降りてくれ」とか、かなり偉そうなのが、そういうキャラクターであると同時に、その時代特有の偉ぶり方だとも感じます。総理大臣に対し自分のことを「わしは」と言っています。
小野寺の上司
部長が小野寺に玲子を紹介する前のセリフにも昭和を感じます。
部長:どうだ君、思い切って結婚しないかね。いつまでも操艇者じゃなく、君はむしろフレームワークの方が向いてると思うんだ。そのためには内外の信用もあるし、そろそろ身を固めた方が。
「仕事上の信用のためには結婚が必要」という価値観があらわれています。おそらく当時はごくあたりまえのこととしてこのセリフが書かれたと思いますが、今聞くと、昭和的な価値観に感じます。
ちなみに会社においてフレームワークとは、物事を論理的に考え、効率的に進めるための思考の枠組み・ツールを指し、ビジネスの現場では、経営戦略や営業戦略の立案、新規事業の創出、課題解決など、さまざまな場面で活用されているようです。
現代の感覚からすると、タバコを吸うシーンが比較的多い印象です。タバコによって、地位のほか、イライラや緊張などの様子を表現していると思います。
職場で小野寺の上司がタバコを吸っています。禁煙が進んだ現代からすると、昭和を感じます。
山本総理も官邸で葉巻を吸っています。葉巻であることに地位を感じます。
小野寺も吸います。ある種の緊張感を持っていることが表現されていると思います。
渾身の特撮で表現された、崩壊していく日本の映像が特徴的で印象的です。
地震で崩壊する建物、降り注ぐ瓦礫と火災で混乱する街、爆発し燃え盛るコンビナート、崩れる橋、決壊する堤防などを模型を多用して表現しています。
日本の映画において、それも都市の崩壊を描くSF映画において、これほど模型を多用した作品は近年ないのではないかと思います。
人々の様子なども合成し、混乱する屋内・屋外、ぶつかる車、逃げ惑う人々、火がついた人、割れたガラスが人々に降り掛かり、目に破片が刺さり血が噴き出る人、襲ってくる水など、鬼気迫るものがあります。焼け焦げた人々の描写もあります。
劇中、総理に対してマントルの動きや海溝の成り立ち、地震発生の仕組みをスライドと映像で説明するシーンがあります。
映画によってはストーリー内の出来事とは関係なく観客に対する図解説明が入るものもありますが、ここでは、状況を簡潔に知りたいという総理に対する説明でありつつ、観客も改めて「マントルの動きや海溝の成り立ち、地震発生の仕組みを」をおさらいできるようになっており、演出上自然でわかりやすいです。
いつ大地震が起きてもおかしくないと言われて久しいですが、社会レベルでも個人レベルでも対策ができていないことはおそらく多く、実際に大地震が起きたら混乱が起き、大きな被害が出るのだろうと思います。
その原因の一つは、災害時の状態がリアルにイメージできていないためだろうと思います。
渾身の特撮とドラマによって、大規模地震による都市の崩壊と混乱の様子がリアルに描かれています。いつ大地震が起きてもおかしくない現在、気を引き締め必要な対策をするために見ておくべき映画だと思います。