シンセサイザーと音楽の雑誌「FILTER」(フィルター)のVol.04(2023年1月31日発売)でシンセサイザーと映画音楽を特集しています。
この雑誌は年2回発行されるようです。ムックと表現することもできるかもしれません。
音楽制作において、もはやシンセサイザーに言及しなくても当たり前にシンセサイザーが使われ、シンセサイザーがことさらには意識されなくなっているように見える現在、この雑誌はある種マニア向けと言えるかもしれません。
音楽制作に関心がある人やこの雑誌を買うような人には説明する必要のない情報ですが、シンセサイザーとは簡単にいうと「いろいろな音が作れる機械(楽器)又はソフト」で、プリセットされた(あらかじめ設定・登録されている)音色や自分で作った音色を使って演奏することができます。
ハードウェアシンセサイザーには鍵盤がついている(キーボード)タイプと鍵盤がなくラックに収める(ラックマウント)タイプがあり、ラックマウントタイプは、外部から演奏情報を送って操作します。
▶︎普及し始めた頃のシンセサイザーについては、姉妹サイトのこちらやこちらの投稿もご覧ください。
「FILTER」のVol.04は「シンセサイザーと映画音楽」というありそうでなかった(?)テーマとなっており、写真も豊富に使ってまとめられています。
以下の章(項目)やコラムのほか、インタビューが収められています。
●「時計じかけのオレンジ」をめぐる音楽
●ヴァンゲリスと映画音楽
●冨田勲のシンセサイザー映画音楽
●聴いて確認!シンセが印象的なサウンドトラック10選
●シンセサイザーが観られる映画
●映画音楽とシンセサイザーを考察する by H ZETT M
●「戦場のメリークリスマス」とシンセサイザー
シンセサイザーが特別なものではなくなっている現代にあえてシンセサイザーと映画音楽をテーマとしているだけあって、やや「シンセサイザーと映画音楽の歴史」的な記事が多い印象となっています。
実際、「ヲノサトルに聞くシンセサイザーと映画音楽の歴史」という章から始められています。
シンセサイザー前史として、テルミンなどの電子楽器と映画の関係の振り返りから始まり、ウェンディ・カーロス(ウォルター・カーロス)がモーグのシンセサイザーを使って『時計じかけのオレンジ』(1971)のサントラを担当したこと、映画監督のジョン・カーペンターが自ら音楽担当としてシンセサイザーを演奏したこと、『未知との遭遇』(1977)でシンセサイザーが登場していること、ジョルジオ・モロダーやハロルド・フォルターメイヤーらを筆頭にシンセサイザーを利用したディスコ音楽調の映画音楽が流行したことなども紹介しています。ヴァンゲリス、エリック・セラ、ハンス・ジマーにも言及しています。
映画としては『時計じかけのオレンジ』や『戦場のメリークリスマス』(1983)、音楽家としてはシンセサイザー音楽の第一人者の一人ヴァンゲリス、日本におけるシンセサイザー音楽の第一人者といえる冨田勲などの紹介にページを割く一方、岩崎琢、平沢進、川井憲次などのインタビューも掲載されています。
また、面白いのは、「シンセサイザーが観られる映画」という章もあり、1970年代のフランスを舞台にシンセサイザーに取り組む女性ミュージシャンを描いた映画『ショック・ドゥ・フューチャー』(2019、日本は2021公開)や、異星人との交信用の小道具としてシンセサイザーが出てくる『未知との遭遇』のほか、シンセサイザーの開発者モーグ博士に迫った『MOOG』(2005)などが紹介されています。
後半には、音楽雑誌らしく楽器の新製品のレビューとして最近のソフト・モジュラー・シンセに加えハードウェアシンセサイザーも多数紹介しており、鍵盤のついたシンセサイザーは未だにこんなに発売されているんだと驚きます。
個人的にですが、私がシンセサイザーを使った映画音楽としてまず思い浮かべるのは、この号でも紹介されているヴァンゲリスの手掛けた『ブレードランナー』(1982)や『炎のランナー』(1981)、ハロルド・フォルターメイヤーの『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)『フレッチ/殺人方程式』(1985)『トップガン』(1986)などの音楽です。
当時はシンセサイザーがまだ目新しかった頃で、「シンセサイザーを使った映画音楽」としての存在感があったためです。もっとも、必ずしもそれらの映画を公開時に見たわけではありません。
■ヴァンゲリス
『ブレードランナー』ではエンドタイトルの他、劇中でも環境音楽的にヴァンゲリスの曲が使われており、その湿ってざらついた中に甘美さがある曲調は、この映画の雰囲気に大きく影響していると思います。
▶︎ブレードランナーの原作小説についてはこちらの投稿をご覧ください
時期的には『ブレードランナー』より前ですが、「ランナー」繋がりの『炎のランナー』でもヴァンゲリスの曲は印象的で、テーマ曲は映画以外でも様々な場所で使われているように思います。
映画ではありませんがヴァンゲリスの音楽は、昔カール・セーガンが監修、番組進行を勤めた宇宙番組『コスモス(宇宙)』(1980)でも使われ、何十年もたった今でもメロディがぱっと頭に浮かぶほど非常に印象に残っています。
■ハロルド・フォルターメイヤー
ハロルド・フォルターメイヤーの曲もキャッチーで印象的なことが特徴です。『ビバリーヒルズ・コップ』や『フレッチ/殺人方程式』の曲は、シンセ・ダンスミュージック系のコンピレーションアルバムにも入っていたと記憶しています。コンピレーションアルバムの中でもひときわキャッチーでした。
コンピレーションアルバムに入っていたときの名前の表記はハロルド・ファルタメイヤーだったと思います。
『トップガン』のサウンドトラックには様々な音楽家が参加していますが、ハロルド・フォルターメイヤーのオープニングテーマは『ビバリーヒルズ・コップ』や『フレッチ/殺人方程式』に比べるともっと映画的な音楽ですね。『トップガン マーヴェリック』でも使われ、続編であることが印象付けられていました。
音楽家によって、あるいは映画によって音楽制作手法は様々だと思いますが、生楽器だけの音楽でない限り、現在ではあえてシンセサイザーを使ったことを前面に出していなくても、生楽器や生楽器のサンプリング音源などと併用して使われているのではないかと思います。
以下、印象的な映画音楽を手掛ける音楽家を個人的な好みでピックアップします。
■BT
BT(ブライアン トランソー)はあまり知られていないかもしれませんが、一時期活躍が際立っていた音楽家です。数々のアルバムやシングルを発表する一方映画音楽も手がけ、レースを題材にした『ドリヴン』(2001)、『ワイルド・スピード』(2001)といった映画に、得意とするトランス、ブレイクビーツ系の楽曲を提供したり、人工知能を持ったステルス無人戦闘機を題材にした『ステルス』では『ワイルド・スピード』でも組んだロブ・コーエン監督と様々な取り組みをしています。
『ステルス』のメイキング映像には「『ステルス』の音楽」と題された項があり、監督のロブ・コーエンの音楽に対する思い入れやBTとのやりとりが語られ、監督の意向で、オーケストラとブレイクビーツなど電子音楽との融合に取り組んだ様子や、当時は目新しいシンセサイズ技術であったグラニュラーシンセシスを用いたり、グラニュラーシンセシスの考え方をオーケストラに持ち込んで、弦楽器をペンではじいてランダムなリズムを作った様子が紹介されています。
■ハンス・ジマー
映画音楽といえばハンス・ジマーというくらいに非常に多くの映画を手がけています。『レインマン』(1988)、『ブラック・レイン』(1989)、『ハンニバル』(2001)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(2003)、『ダ・ヴィンチ・コード 』(2006)、『ダークナイト』(2008)、『マン・オブ・スティール』(2013)、『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021)などはそのごく一部です。個人的には『インセプション』(2010)の音楽が印象に残っています。ストーリーに深み、重量感を与え、この映画の雰囲気を大きく決定づけていると思います。
ハンス・ジマーの音楽といえばオーケストラの壮大なイメージがありますが、DAW(Digital Audio Workstation-デジタルオーディオワークステーション)ソフトであるCubaseを長く使っているようです。
■細野晴臣
細野晴臣は多くの映画音楽を手掛けていますが、個人的にはアニメ映画『銀河鉄道の夜』(1985)や『源氏物語』(1987)のサントラが印象的に感じます。
おそらく『銀河鉄道の夜』の音楽はどこかで聞いたことがある人が多いのではないかと思いますが、『源氏物語』のサントラは細野さんの隠れた名盤です。いや、全く隠れていないのかもしれません。いわゆる和風ではなく、幽玄の日本という印象です。幻想的な曲がある一方、同じフレーズを繰り返し張り詰めた緊張感の中徐々に盛り上がるタイプの曲もあり、その代表的な楽曲「羅城門」がお気に入りです。メロディを紡ぐだけでは到達できない音場、精神性を感じます。