ここではニューヨークフィルムアカデミーの卒業制作(Thesis)について書こうと思います。
「Thesis」は学位論文の意味で使われることが多いと思いますが、映画学校の映画制作のコースにおいて「Thesis」または「Thesis Film」とは、卒業制作のことです。
ニューヨークフィルムアカデミーの2年間のMFA FilmmakingコースのThesisは、30分までのショートフィルム(短編映画)を制作します。
卒業制作といっても、2年目の最後になって制作するのではなく、関連することを学びつつ2年目はほぼThesisの準備、撮影、編集に使われます。通常の大学院での修士論文への取り組み方と共通する流れではないかと思います。
私は渡米前に日本のテレビ局の子会社で働いていた時に、映画やアニメなどのエンターテイメントコンテンツの企画や制作に携わりたいと思い、仕事以外の時間や土日を使って音楽家と映像サンプルを作って会社の人に見てもらったり、企画募集があれば応募したり、映画一本分のストーリーを考え、絵コンテを描き、イメージCGを制作し、企画書も作って会社にアピールしましたが、未経験者がオリジナル映画など作るのは難しいとしても、テレビ局が関係する映画関連の仕事をすることも叶いませんでした。
わざわざ会社を辞めてアメリカ留学をしたのは、それを実現に近づけるためです。
私はその時に作った長編用のストーリーを短編にアレンジして、
▶︎日本でのこのあたりの試行錯誤を含む、渡米前の私の経歴についてはこちらの投稿をご覧ください。
1年目で基礎から少しずつ難易度を上げつついくつもの練習プロジェクトや主要プロジェクトを通して身につけてきたことをベースに、2年目はセメスターをまたいでさらに踏み込んだ内容を各授業で学びつつ、授業以外の時間で撮影に向けたプリプロダクション(撮影準備)を進めていきます。各授業は基本的にThesisに直結しています。
脚本の授業
例えば脚本の授業では、授業以外の時間で用意した自分のThesis用のストーリーのアイデアをもとに、授業でインストラクターからのフィードバックを受けつつまずログラインとしてまとめ、トリートメントをまとめていきます。
ログラインとは「どういう人物が何をする」ストーリーなのかを完結に表現する1つの文です。
トリートメントとは映画のタイトル、ログライン、ストーリーの要約、登場人物の説明などをまとめたもので、脚本執筆を含む映画制作の出発点になります。
それらをもとに授業以外の時間で各々脚本を書き、次の授業で使うためにインストラクターやクラスメート用にプリントアウトしておきます。データで配布しておくスタイルのインストラクターもいます。
授業では一人一人の学生の書いてきた脚本をもとに、それぞれの登場人物の役割をクラスメートに依頼して、声に出して読み、インストラクターやクラスメートとディスカッションします。授業でのインストラクターやクラスメートからのフィードバックを元に、また授業以外の時間でブラッシュアップしていきます。
プロデュースの授業
プロデュースの授業では、予算、スケジュール、ロケーション、撮影許可申請その他の事務的な事柄を学びつつ、業界標準の予算ソフトの一つMOVIE MAGIC BUDGETINGと、スケジュールソフトMOVIE MAGIC SCHEDULINGを使って自分の作品の予算や撮影のスケジュールを組んでいきます。
監督術の授業
監督術の授業ではアクターとの関わりについて学びつつ、脚本の授業で制作したログライン、トリートメント、脚本を元に、リファレンス(イメージ素材)、ショットリスト(必要なショット=撮影のリスト)、必要に応じてストーリーボード(絵コンテ)など、撮影に必要なものをまとめていきます。
このように、授業では基本的なことを学び、必要なものは授業以外の時間で準備し、それをまた授業でチェックするような流れとなっています。
ニューヨークフィルムアカデミーの2年目の授業内容についてはこちらの投稿からご覧ください。
2年目の前半(セメスター3)では監督術、撮影技術、プロデューシング、心理学などの授業を受けながら脚本の授業を通じて脚本の開発を行い、セメスター4では本格的に準備に入ります。セメスター4の後半からセメスター5にかけてがThesisの撮影期間でした。
特にセメスター4では授業以外の時間を使って脚本を書きつつ、クラスメートや必要に応じて外部からクルーを確保し、ロケーションを探して確保し、撮影許可申請をし、オーディションをしてアクターを確保し、ロケーション、アクター、クルー、それぞれと書類を交し、衣装や小道具を自分で探すかプロダクションデザイナーなどを雇って依頼し、保険に加入し、トラックを手配し、準備していきます。
2年目は1年目のような毎土日に撮影をするための準備をそれ以前の授業以外で行う慌ただしさはありませんが、内容がより複雑になり、また、一連の書類その他を期日までに揃えてインストラクター達のサインをもらわないと撮影が許可されないため、やることは非常に多いです。
必要な書類は以下のようなものです。日本語は私なりの訳です。
・Shooting Script (properly formatted, numbered):スクリプト(脚本)
・Shooting Schedule:撮影スケジュール
・Detailed Budget:予算見積もりと内訳
・Cast List:出演者リスト
・Crew List:クルーリスト
・Executed Location Agreements:ロケーション契約書
・Insurance Certificates for EACH Location:各ロケーションの保険
・Filming Permits:撮影許可証
・Actor Releases:役者雇用覚書
・SAG Contract (if using SAG actors):全米映画俳優組合との契約書類
・Minor Contract (if using minors):未成年者契約書類
・Shot List:ショットリスト
・Stunt Sign-off Documents:スタント承認書類
・Crew Deal Memos:クルー雇用覚書
必要書類をすべて揃えると、5cmくらいの厚みのバインダーがいっぱいになります。
私は1年目最後のイヤー1フィルムのプロジェクトでは物事が比較的スムーズに進んだのですが、Thesisのプロジェクトでは、驚くほど様々な困難/トラブルがありました。最終的に作品としてまとめはしたものの、それらの困難/トラブルの一部は卒業制作の完成度に影響し、それをカバー・改善するために卒業後も自分でVFX作業をすることにしたため、その後何年も自分の生活に大きく影響を与えました。
例えば以下の困難/トラブルがありました。
・なかなかアクターが決まらず、オーディションを計5回行った
・オーディションで決めたアクターの一人が直前にキャンセル
・時間をかけて見つけて撮影申請していたロケーションのうち2ヶ所が、直前になって使えなくなり、撮影1〜2日前に別のロケーションを探したがその場しのぎのロケーションしか見つからなかった
・電動リフト付きの重いドリーを使うため電動昇降機付きトラックを予約したが、当日行ったら昇降機なしの普通のトラックしかないと言われた
・ケータリングの支払いのクレジットカード払いの不具合
・ロケーションの1ヶ所では、撮影日に建物内の別の部屋の家具などを移動して使わせてもらうように事前に担当者と話していたが、撮影当日オーナーが現れ、ものを動かしてはいけないと伝えられた
・別のロケーションでは、撮影後オーナーから「撮影で家具にキズをつけられた」とクレームがあり、少なくともそのうちの一部は撮影前からあったキズで写真も撮ってあったが、オーナーが強硬姿勢だったため対応に非常に苦労し、時間もかかった
詳しくはこちらの投稿をご覧ください。
あらかじめ学生の人数分の撮影期間の枠(スケジュール)が4ヶ月分定められ、クラス内で調整して自分の撮影枠を決めます。この時私達のMFA Filmmakingコースは2クラスあり、私のクラスメートは8人でした。1人あたりの撮影期間の枠は2週間だったと思いますが、実際には必要に応じてその間の数日で撮影します。