Netflixの全4話のドラマ『アドレセンス』 は、各話ワンカット撮影であることと、メインキャラクターの少年の演技が自然で上手いことが大きな特徴です。一方、キャラクターや情感を見せる事に主眼が置かれておりストーリーが進んでいる印象が希薄です。
『アドレセンス』のあらすじ紹介と、他の多くの映画やドラマでは見られない特徴、そして感想を書こうと思います。
「アドレセンス」(adolescence):青年期、未成年期、思春期(リーダーズ英和辞典 第2版 研究社より)
個人的には「青年期」というと「思春期」よりも高めの年齢をイメージします。このストーリーの内容からすると、「思春期」がイメージに近いように思います。身体的にも精神的にも大人へ成長していく時期で、多感で危うさのある年代です。
■1話(エピソード①)1時間5分
少年が殺人容疑で家で逮捕され、護送され、取り調べを受け、証拠映像を見せられる。
■2話(エピソード②)51分
警部が中学校で情報提供を求め、息子からSNSでのネットスラングの意味を教わり、また、殺人に使われたナイフが少年の同級生のものとわかり同級生を逮捕する。
■3話(エピソード③)52分
心理療法士が収容訓練施設で少年に面会するが、彼女の回りくどい話の進行に、少年は次第にイライラし始める。
■4話(エピソード④)1時間
少年の家族が嫌がらせを受け、父親がイライラするが、息子から罪を認めると連絡があり、涙ぐみながら子育てを振り返る。
時間はNetflix上の記述です。
オーウェン・クーパー(ジェイミー・ミラー)(13歳の白人少年)
スティーヴン・グレアム(エディ・ミラー)(ジェイミーの父)
クリスティン・トレマルコ(マンダ・ミラー)(ジェイミーの母)
アメリー・ピース(リサ・ミラー)(ジェイミーの姉)
アシュリー・ウォルターズ(ルーク・バスコム)(警部、黒人男性)
フェイ・マーセイ(ミーシャ・フランク)(巡査部長、白人女性)
エリン・ドハティ(ブリオニー・アリストン)(心理療法士、女性)
他
ジェイミー役のオーウェン・クーパーの演技が驚くほど自然で上手いことが大きな特徴の一つですが、彼は『アドレセンス』がデビュー作とのことです。
“Adolescence is Cooper’s first acting credit.”
(Peopleの記事より)
“Owen Cooper, 15, makes his acting debut in Adolescence as Jamie Miller, the show’s protagonist.”
(The Sunの記事より)
エピソード③では、心理療法士ブリオニーとのやりとりの中で感情の変化が見事に表現されていますが、約50分のワンカット撮影であることを考えると信じられないほどです。しかもこのエピソード③が最初に撮影されたエピソードとのことで、驚異的です。
“Cooper’s first day on set was shooting episode 3.”
(Wikipediaより)
オーウェン・クーパーはイギリスの役者です。キャリアが全く異なるため比較するのも変かもしれませんが、同じくイギリス出身で演技派として知られるベネディクト・カンバーバッチ(ドラマ『シャーロック』、映画『イミテーション・ゲーム』他)をどこか彷彿とさせます。
父親役のスティーヴン・グレアムの演技はオーウェン・クーパーほど目立ちませんが、彼は『アドレセンス』の発案者でありエグゼクティブ・プロデューサーの一人でもあります。
“Created by Jack Thorne / Stephen Graham”
(Wikipediaより)
以下の動画のインタビューで『アドレセンス』の着想のきっかけやプロダクション(制作)について詳しく語っています。
Stephen Graham for ‘Adolescence’ | Conversations at the SAG-AFTRA Foundation
https://youtu.be/1B5DXCR-344?si=vfiCLyD6OJkTOTYI
各話(エピソード)約1時間の長尺のワンカット撮影です。最初カメラは警官(バスコム警部)の様子を写したあと、乗り込んだ車が発車し、走る車の前を近接移動するカメラワークがあり、ドローンだと思っていたらそのまま普通に(カットなしで)家の中に入り、登場人物たちを写しながら階段を上がり、部屋の中に入り、階段を降り、家から出て車の中にも入り、車から降りて警察署に入り、部屋から部屋へ移動し、縦横無尽に人物を回り込みます。
ドローンの操縦者が天才的にうまかったとしても、さすがにこれらすべてをドローンを飛ばして撮影するのは不可能と思え、また、特に屋内ではモーターの音が録音されてしまうので、全編ドローンでの撮影は難しいと思います。
メイキング映像で、撮影の様子が紹介されています。
The Making Of Adolescence: The One-Shot Explained | Netflix
https://youtu.be/HG9XUSnK9g8?si=IgqFdzXSbPVz1j43
比較的小型なカメラを使い、「走る車に近接移動」はバギーのような車にカメラクレーンを乗せて撮影し、車が止まったらカメラマンがカメラを取りそのまま撮影を続け、空撮に際しては、カメラをドローンに取り付け撮影をしています。その他のシーンも、想像していたよりも多くのカメラマンからカメラマンへカメラが手渡され、撮影を続けていることがわかります。
これほどトリッキーな撮影をしているにも関わらず、シーンによりますが、カットを変えながら撮影する通常の撮影と同じように、自然で適切なフレーミングで撮影されていると感じます。
使われたカメラ:DJI Ronin 4D 6K
使われたレンズ:Cooke SP3 32mm
出典:Y.M.CINEMA MAGAZINE
The Heroes of Adolescence: DJI Ronin 4D, and Cooke SP3 32mm
“Lewis chose the DJI Ronin 4D with the 6K Zenmuse X9 camera module”
使われたドローン:
かなりリサーチしましたが、機種は分かりませんでした。
上記記事にも写真が載っています。
撮影が高度なだけでなく、役者も極めて演技力と集中力が求められると思います。ワンカット撮影ということは、基本的には休憩もやり直しもできない、ということです。いや、やり直しはできますが、本当に最初からやり直しになります。実際、数テイク撮影したようです。
通常の映画であれば物事の流れの無駄な部分をカットして時間を飛ばして編集していきますが、このドラマでは、その「通常ならカットする部分」をずっと見せます。
13歳の少年ジェイミーがメインキャラクターの一人です。警官達が家に突入して少年のベッドルームに入ってからはカメラはしばらくほぼ少年を写します。家から出て、警察署へ連行される車の中で発言などについて説明を聞き、署についてからも受付のための質問をされ、動揺し涙ぐみながらも答え、その間カメラが止まることはなく、役者としてセリフをすべて覚える必要がある上に休憩もできません。
警察署内では写す対象(人物)が次々と変わっていきますが、また自分の出番がある役者は休憩モードに入らずに所定の場所でスタンバっているのではないかと思います。
少年も警察内の人たちも極めて自然です。いや、もしかしたら現実の少年逮捕の様子を撮影したら、本人はもっと黙ったままだったり、手続きがもっとスムーズでなかったり、ぶっきらぼうな人もいたり、モゴモゴしゃべる人がいそうですが、ここでは、現実以上に自然に見えるように演出されている、と言えるかもしれません。
撮影も演技も自然なため、撮影のことは気にしないで見るタイプの観客は特に違和感なく見るでしょうし、ワンカットだと意識しないかもしれません。一方、ワンカットだと気づくタイプの観客は、時間が常にリアルタイムで進行していることによる、通常の映画やドラマとは異なる独特な情感・印象を感じると思います。
■ストーリー
13歳の少年が殺人容疑で家で逮捕され、警察署に護送され、規定の手順に則って様々な手続きをした後、父親も同伴し、弁護士も立ち会い取り調べを受けるが、警察は決定的な証拠映像を示す。
■感想
殺人の疑いで家で逮捕された13歳の少年が警察署に護送され、規定の手順に則って様々な手続きをする様子をずっと追います。少年は時々涙ぐみながら「僕は何もしていない」と言いますが、手続きは淡々と適切に進んでいきます。
少年は本当に何もしていないように見えます。観客からは、彼がなぜ逮捕されるに至ったのかわからない中、カメラがワンカットで次々と警察内の様々な人を写していくなかで、どこかに何かヒントが示されているのか?、と思いながら見ます。
弁護士も現れ、適切に自分の役割をこなしているように見えます。家族に挨拶したあと少年にも会い、写真撮影や検査の時もそばにいて、警察の質問に答える必要がない時は答える必要がないと言い、採血について、注射は苦手と言う少年に、やらないと不利になる事を助言します。
そして取り調べに入ります。
しばらくやり取りのあったあと、警部は証拠映像を見せ、父親はショックを受けます。
面白いです。
■ストーリー
警部と巡査部長が、逮捕した少年の通う中学校で情報提供を求めるが、扱いづらい年齢の子供たちで一筋縄ではいかない。浮いていると言われている警部の息子が父親を見かねて若者の間で使われている絵文字の意味を教え、少年をとりまく関係性が明らかになっていく。
■感想
2話(エピソード②)では逮捕された少年は出ず、警部達が、逮捕した少年の通う中学校で情報提供を求めます。殺人の動機と、使用されたナイフについて調べようとします。
逮捕された少年は白人です。逮捕や取り調べや聞き取りは、黒人の警部が主導していますが白人の女性の巡査部長と共に行っています。少年の通う(通っていた)学校には、白人、黒人、様々な人種がいます。
これはイギリスのドラマのため、現代のイギリスが舞台だと思います。実際にありうるリアリティであると同時に映画制作上のいわゆるポリコレへの配慮も感じます。
カメラは、登場人物を追って建物の中と外を縦横無尽に動きます。窓から逃げる生徒を追う場面や、空撮もあり、撮影上も見応えがあります。
さんざん走った後でキャラクターどおしのやり取りがりあります。通常の撮影であればアングルごとに撮影を止め、カメラ位置を変えてリハーサルをした後本番の撮影をしてそれを繰り返していき、「走った後のやり取りのシーン」は「走った後のように演技」すると思いますが、ワンカット撮影の今作では、本当に走った後やり取りをしています。役者も大変ですね。
この学校に通っている警部の息子がいじめの対象になっている様子や、警部と彼の関係性が描かれますが、その後、最後まで深掘りされません。
ここで逮捕した少年に関しても、その後最後まで描かれません。
■ストーリー
警察施設に入れられているジェイミーのところに心理療法士ブリオニーが5回目の面会にくる。独自の回りくどい話の持っていき方で進めようとするブリオニーに、最初は穏やかだったジェイミーは徐々にイライラし始め、言い争いになる。
■感想
撮影技術が特筆すべきだということが些細にも思える、1時間のノーカットの感情のやり取りが描かれます。しかもそれを13歳設定の若い役者がやっています。なぜこんな映像が可能なのかわからないレベルです。
高圧的に怒鳴るジェイミーにブリオニーは驚いた表情をしますが、この少年役者の少年とは思えない迫力に、驚いているようにも見えます。
少年が荒ぶったあと、心理療法士が別室でモニターを確認する様子などの様子も描かれますが、彼女の内面や、この面談がその後どう影響したのかは最後まで描かれません。
■ストーリー
父親の誕生日、少年の自宅で父親が仕事に使っているバンに”ノンス”(小児性犯罪者)と落書きされていることを娘(ジェイミーの姉)が見つけ、父親はイライラし始め、落とそうとするが石鹸では落ちず、妻と娘を連れて車でホームセンターへ落書きを落とす物を買いに行く。
父親はそこのスタッフに味方だと言われ色々助言され、イライラし始める。車で戻る途中、収容訓練施設にいるジェイミーから電話があり、もうすぐ裁判だ、僕は罪を認めるよ。と言うのを聞き、父親は子育てについて色々考える。
■感想
今話は家族の様子を描きます。少年の自宅で父親が仕事に使っているバンに”ノンス”(小児性犯罪者)と落書きされていることを娘(ジェイミーの姉)が見つけ、父親はイライラし始め、落とそうとするが石鹸では落ちず、妻と娘を連れて車でホームセンターへ落書きを落とす物を買いに行きます。
父親は一日を取り戻すと言い、ホームセンターに行って戻ったら映画に行くことにするが、そこのスタッフに味方だと言われ色々助言され、イライラし始めます。車で戻る途中、収容訓練施設にいるジェイミーから電話があり、もうすぐ裁判だ、僕は罪を認めるよ、と言うのを聞き、父親は子育てについて色々考えます。
後半の父親のセリフが3話のジェイミーのセリフと対応しており、一つの過去の事柄についての双方の思いが描かれます。
SNSの時代である現在、SNSの絡んだ少年のドラマを作り、ワンカットで撮影する、という企画はまず現代的で、少年の演技も素晴らしいです。
技術的には、小型のカメラでも高品質な映画が撮れるようになったこと、長時間途切れずに撮影することができるようになったこと、ドローンの発達で、その小型カメラを着脱しながら撮影することができるようになったことなどによって、この撮影が実現できたと感じます。
各話ワンカット撮影という技術的な面とその中で感情の変化を表現する演技の見応えがある反面、ストーリーが進んでいる印象が希薄です。少女殺害についても、エピソード①で警部が証拠として監視カメラ映像を見せ、エピソード②で少女と少年のいさかいの原因は明らかになり、エピソード④で、ジェイミー自身が罪を認めると家族に電話で伝えていますが、ジェイミーの内面については深堀りされません。証拠映像にはジェイミーが亡くなった少女を殴っている様子は写っていますが、ナイフを使っている様子は映されず、本当にジェイミーがやったのかさえ曖昧です。(ナイフを使っている様子を見せなかったのは、警部が言っているように「証拠の映像として、殴っているシーンだけ見せれば十分」であることと、「視聴者に見せない」ためだと思われます)
エピソード①の逮捕から取り調べの様子はまだ物事の進行が描かれていますが、その後エピソード②では警部が学校で情報提供を求める様子、エピソード③では心理療法士がジェイミーと面談する様子、エピソード④ではジェイミーの家族をとりまく様子しか描かれません。警部と息子のドラマもサブストーリーとして描かれるのかと思っていましたが、深堀裏されませんでした。エピソード②で逮捕された少年のこともその後描かれませんでした。
キャラクターや情感を見せる事に主眼が置かれており、これほど「物語」が進行しないドラマも珍しいです。いや、物語(物事)は進んでいますが、キャラクターの関係性ややり取りによって物語(物事)が進行するよりも、裏で進行していることに登場人物達が反応しているそれぞれの様子を描いています。ストーリーはシンプルで、キャラクタードリブンのドラマと言っていいと思います。
▶︎「プロットドリブン」「キャラクタードリブン」の解説とそれぞれの映画の例についてはこちらの投稿をご覧ください。