観客が要所要所で選択肢を選ぶインタラクティブ映画(ストーリー分岐型映画)『バンダースナッチ』(Bandersnatch)を見てみました。過去のトラウマを抱え、分岐型ゲームの開発に取り組む青年が、自分が誰かにコントロールされているように感じ始める話です。
ここでは『バンダースナッチ』について調べたことをまとめつつ、実際に見て感じたことを書こうと思います。
『バンダースナッチ』はブラック・ミラーというイギリスのテレビドラマシリーズ/オムニバス映画シリーズの中の一編です。
ブラック・ミラーは2011年から放送され、2019年までに5シーズンあります。最初はイギリスの公共テレビ局であるチャンネル4で放送され、その後2016年からはNetflixで配信されています。
『バンダースナッチ』はNetflixオリジナルとして2018年に公開された作品です。ジャンルとしてはSFサイコスリラーといえるのではないかと思います。Netflix上では、SF/ヒューマンドラマと表記されています。
ブラック・ミラー自体は最初はイギリスの公共テレビ局であるチャンネル4で放送されテレビドラマシリーズとも表現されます。Netflixは通常テレビとは言わないと思いますので、Netflixが配信した作品は映画と呼ぶべきかドラマと呼ぶべきかは難しいところですが、『バンダースナッチ』は連続物ではなく独立した作品であることと尺が長いことから、映画といっていいのではないかと思います。
幼い頃に半ば自分のせいで母親を無くしメンタルヘルスの問題を抱える青年が、分岐型ゲーム開発のチャンスを得て自宅で作業を進めるが、自分が誰かにコントロールされているように感じ始める。
主人公の若いプログラマーを、『ダンケルク』でトミー役を演じたフィン・ホワイトヘッド(Fionn Whitehead)が演じています。Netflixではフィオン・ホワイトヘッドと表記されていますが、インタビュー映像などを見ると「フィン」と発音されています。
また、主人公が尊敬するゲームクリエーターのコリンを、『メイズ・ランナー』で若者のリーダー格のギャリーを演じたウィル・ポールター (Will Poulter)が演じています。それぞれいいキャスティングだと思います。
『バンダースナッチ』には大きな特徴があり、要所要所で観客が選択肢を選ぶ形式のインタラクティブ映画となっています。
選択肢は通常2つです。例えば、「オファーを受ける」「断る」や「逃げる」「反撃する」といった選択肢です。選択する内容によって映画の長さは変化すると思いますが、比較的長く1時間30分と記載されています。
これを実現したのはかなり画期的ではないかと思います。一部のビデオゲームほどのストーリーの作り込みや深みはなく、実験的な作品といえるかもしれませんが、それでも分岐は多岐にわたり、内容も十分に楽しめるものになっています。
行き詰まって戻るルート(選択肢)があったり、選択によってはかなりバイオレントな展開になるものもあります。戻った場合にはストーリーのある程度の範囲がダイジェストで流れる工夫もされています。
エンディング(?)も複数あります。
ハリウッドリポーターの以下の記事によると、『バンダースナッチ』の制作は同時に4つのエピソードを手がけるかのように複雑で、制作に2年かかったようです。
ハリウッドリポーターの『バンダースナッチ』に関する記事
https://www.hollywoodreporter.com/tv/tv-news/black-mirror-bandersnatch-netflixs-interactive-film-explained-1171486/
ブラック・ミラーのシリーズの中で、ストーリー分岐型映画は『バンダースナッチ』だけだと思います。
要所要所で画面下に黒帯が現れ、選択肢がテロップで示されます。パソコンで視聴する場合でもスマホで視聴する場合でも出ます。見ている人(観客)はその選択肢が表示されている10秒ほどのうちにどちらかをクリック又はタップする必要があります。
選択肢が表示されている間は映像をストップできず、選択するための残り時間を示すバーが短くなっていきます。すぐに決めなければいけないこのしくみは登場人物になったかのような気持ちになります。
選択しないと自動的に一つが選ばれます。
『バンダースナッチ』は、観客が選択肢を選ぶだけでなくストーリーの一部になるような演出になっています。映画制作上は最初にやった者勝ちの面はあると思いますが、脚本次第で色々と面白いストーリーは作れそうです。
『バンダースナッチ』の分岐は多岐にわたり、おまけ程度の機能ではありませんので内容も十分に楽しめるものになっています。
しかし、戻る選択肢で何度も戻ったり別の選択肢を見たりしていると、徐々にストーリーやストーリーの因果関係が頭の中でごちゃごちゃになり、純粋にストーリーを楽しめなくなっていきます。
また、2つある選択肢のどちらも大差なく見えるものや、実際どちらを選んでも結果が同じで分岐しなかったりどちらに進んでもストーリー上影響のないものもあり、ジョークのような選択肢もありました。
楽しめる内容にはなっていますが、一部の大作ビデオゲームほどの作り込みや深みはなく、映画を見た感動や余韻は感じづらく、実験的な作品ともとれます。
もっともこの作品に関しては、ストーリーが分岐していって物語の方向性が変わっていくダイナミックさよりも、主人公の行動が観客によって選択されコントロールされることが目的になっており、パランスのいい構成といえるかもしれません。
映画にゲームのような選択肢があったら面白いだろうと考えた人は多いのではないかと思います。ゲームを選択肢のある映画として楽しむ人もいるかもしれません。
ストーリー分岐型映画を映画館で上映しようとする場合、フィルムを映写する従来型の映画館では難しいでしょうが、観客の座席に選択肢のボタンを設置しておき、映画のストーリーの分岐点で画面上の案内に従ってそれぞれの観客が自分の選んだ選択肢のボタンを押し、即座に多数決が集計されて最も多くの観客が選んだ選択肢へ進んでいく仕組みは技術的にはできそうです。
スマホのアプリを使う方法もありますが、スマホの画面が目障りかもしれません。いずれにしてもすべての映画館にその設備を設けるのは現実的ではないと思いますので、IMAX3Dやテーマパークのアトラクション型映画館のように一部の限定的な映画館で行うことになるのではないかと思います。
もしかしたらすでにそういった映画館はあるか、過去にあったのかもしれません。
しかしストーリー分岐型の映画があったとしても、映画館での上映で観客の多数決で進むとなれば、当然自分の意に沿わない選択肢に進むこともあり、また映画はエンディングまでいって終わりだと思いますので他の選択肢を見ないまま映画館を去ることになり、モヤモヤが残るかもしれません。
一方家庭用ゲーム機であれば、選択肢のある映画のような印象のゲームはありますので技術的には可能だと思いますし、やり直して別の選択肢を進んでみることもできます。ただしこれはゲーム機を持っている人だけしかできないですね。
少し調べたところ、Netflixでは2017年に子供向けのストーリー分岐型の番組を配信していました。やはりネットの時代ならではということだと思います。今でも見ることができます。また、WOWOWが分岐型マルチエンディングVR映画を制作中のようです。こちらは家庭用VRデバイス用なのか劇場用なのか不明です。
しかしいずれにしてもただでさえ手間のかかる映画制作に選択肢分のシナリオ制作や撮影や編集の手間がよけいにかかってくるため、通常は現実的ではないと判断することが多いのではないかと思います。
そういった意味でNetflixの『バンダースナッチ』は画期的です。子供向けの番組でインタラクティブ映像に取り組んだことが活かされていると思います。
制作者としては作るのはたいへんですが、新しいものに貪欲な映画制作者にとっては面白いフォーマットだと思います。これからこのような映画は増えてくるかもしれませんね。ゲーム業界とのコラボやゲーム業界の人が参加する例も増えるかもしれません。
観客としてはどうでしょうか。観客にとってはコンテンツは面白ければいいので、面白ければ視聴されると思います。短い動画が好まれる昨今ですが、選択肢のあるゲームに何時間もかけることはよく行われています。
ストーリーが分岐しても、ゲームとは違い選択肢を選ぶ以外には戦ったりする操作がないため受動的な体験です。受動的なほうがいいか能動的な方がいいかは人や場合によるだろうと思います。
自分でゲーム中のキャラクターを操作して移動したり戦ったりしたい人にとっては、選択肢があっても受動的な映画は物足りないかもしれません。一方、ゲーム中でキャラクターを操作して何かをクリアしていくことが面倒な作業に感じてしまったり、自分でゲームをせずにYoutuberのゲームプレイ動画を見るだけで楽しめる私のようなタイプには、このような映画はいいバランスだと思います。
『バンダースナッチ』のストーリー中、主人公の尊敬するゲームクリエーターのコリンの家でコリンの座る椅子の後ろに、大友克洋さんのコミックAKIRAの黒い球体型の爆発のビジュアルがモノクロの絵(ポスター)として飾られています。AKIRAのビジュアルとしてしばしば使われるコミック3巻の絵だと思います。