『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を見て、「きちんと作られたいい映画」という側面と同時に違和感・疑問も感じましたので感想を書こうと思います。ネタバレを含みます。
内戦の起きているアメリカで、ベテラン戦場カメラマンの女が14ヶ月取材を受けていない大統領を単独取材するため、相方のジャーナリストの男と車でニューヨークからワシントンD.C.へ向かう。出発前に偶然出会った戦場カメラマンを目指す若い写真家の女と知り合いの高齢の記者も連れて行くことになるが、そのことがそれぞれの人生に影響を及ぼすことになる。
監督・脚本:アレックス・ガーランド(『エクス・マキナ』『アナイアレイション -全滅領域-』:監督・脚本、『28日後…』:脚本)
アレックス・ガーランド監督はイギリス出身の監督です。
「シビルウォー(内戦)」をタイトルにし題材にしていますが、イメージしていた「架空のシビルウォー」「現代のシビルウォー」のストーリーではありませんでした。
プレス(報道関係者達)が利用しているホテルロビーのWifiが遅いとか、停電になって発電機に切り替わるとか、ワシントンD.C.の向かう途中でも、破壊されたたくさんの車がハイウエー上に乱雑に放置されていたり、内戦を他人事のように考え生活する町があったり、差別主義的で人を大量に殺し埋めている男たちに捕まったりします。また、戦闘のシーンはそれなりに迫力と緊張感を持って描かれています。
しかし「シビルウォー」をテーマにしたストーリーではなく、「ベテラン戦場カメラマンの女と若い駆け出しカメラマンの女を中心とする関係性と変化」をテーマにしたストーリーとなっています。
内戦そのものについては、分断の理由や「西部勢力」が何を得ようとしているのかについてはほとんど描かれず、この映画は、内戦という状況を舞台設定にしたロードムービーです。
いきなりネタバレしますが、相方や若い女のリスク意識の低さも影響して危険な目に合い、高齢記者やベテランカメラマンは命を落とし、リスク意識の低かった二人が生き残ります。
しかし若い世代がリスクに挑戦して切り開いていく話ではなく、単にリスク意識の低い行動を取ったことでベテラン二人が犠牲になっています。
移動中最初の頃、ベテランカメラマンのリーが駆け出しカメラマンのジェシーに「ミスのない判断なんかないのよ」と言いますが、リーを連れて行ったことで自分が命を落とす結果となっています。
以下のようなリスク意識の低さや何気ない行動・判断の積み重ねが結果に影響しています。
高齢記者サミーを連れて行く
高齢記者サミーは、リー達がホワイトハウスを目指すことを聞き最初は止めますが、前線のシャーロッツビルへ行くことを考えたことがありルートも考えてあった彼は、一緒に行きたいと持ちかけます。リーは連れて行くかどうかを相方のジャーナリストのジョエルにたくし、一緒に行くことになります。
ジェシーを連れて行く
ジョエルはジェシーから頼まれ彼女も連れて行くことにして、出発の時に車内にジェシーの姿を見つけたリーは、ジョエルとやや口論しますが結局連れて行くことになります。
ジェシーの変化
ジェシーは最初、戦場カメラマンとしては撮っておくべきシーンで撮り逃がし後悔しますが、戦場の様子に洗礼を受け自ら前に出ていくようになります。戦闘が行われている場所に立ち寄ることになった時、ジョエルはジェシーに「君は後方にいろ」と言いますが、彼女は「イヤよ」と答えます。
ジョエルは自分たちの行き先を人に話してしまう
出発前、ニューヨークでジョエルは酔った勢いで、自分たちの行き先を慎重さにかける知り合いのトニーに話してしまいます。(これは明確には表現されていませんが、トニーのセリフでほのめかされています)
ジェシーがふざけてジョエルの知り合いの車に乗り込む
トニーは相方のボハイの運転でリーたちの車をあとから追ってきて、走っている車どおしでこちらの車に乗り移り、それを見たジェシーが「私も」と言って 調子に乗って向こうの車に乗り込み、その車が先に行ってしまったため追いますが、死体を埋めている銃を持った差別主義者の男たちに捕まり、リーとジョエルが話しに行きますが、ボハイは殺され、トニーも香港出身と答えて殺され、リー達は命からがら逃げ出します。しかしサミーも被弾し、その後死亡します。
結局シャーロッツビル以降もジェシーを連れて行く
出発する時リーはジョエルに「何があろうと彼女はシャーロッツビルまでよ」と言っていましたが、結局、シャーロッツビル以降もワシントンD.C.に一緒に行っています。
リーはジェシーをかばって自分が犠牲になる
リーは、銃撃戦の中で前へ出過ぎて撃たれそうになったジェシーをかばい、自分が犠牲になります。
出発の前日リーはジェシーにPRESSと書かれた蛍光ベストをあげ、「ヘルメットと防弾ベストを買って。続けるなら」「次に会う時は防弾ベストとその蛍光ベストを着てて」と言います。
その「次に会う時」という表現はある種の方便だったと思いますが、翌日また会うことになります。ジェシーは黄色いベストを持っていることをリーに見せますが、防弾ベストについては用意したのか不明です。
戦場で彼女は防弾ベストと思われるものとヘルメットをしていますので、自分で用意したのかもしれませんし、ジョエルの車にあった予備かもしれません。
「相方や駆け出しカメラマンのリスク意識の低さも影響して危険な目に合い、さまざまな判断の結果、高齢記者やベテラン戦場カメラマンが命を落とす」ストーリーですが、リーもジェシーも、道中「変化」していく様子が描かれます。
ジェシーは最初、戦場カメラマンとしては撮っておくべきシーンで撮り逃がし後悔しますが、戦場の様子に洗礼を受け自ら前に出ていくようになります。
逆にリーはサミーが死んだことで戦場にいることが辛くなり、カメラを向けることができなくなっていきます。
その「変化」もこの映画のテーマかもしれません。
最後はジェシーの行き着いた結末を美化するような演出となっています。ジェシーが撮ったと推察される、大統領の死体の周りに兵士たちがしゃがみ記念撮影をした写真です。その写真が現像されてはっきりしていくような背景の上にエンドロールが重なります。
あえて政治的な内容を描かず観客にゆだねているのかもしれませんが、個人的にはあまり「気持ちに入ってこない」映画でした。
内戦下での人々の様子はこんな感じかもしれないとも思います。そういった意味ではリアルです。
「シビルウォー」が描かれていないことに加え、私が実際の戦場の様子を知らないためかもしれませんが、いくつか違和感というか疑問のあるシーンもありました。
戦場カメラマンの振る舞い
主要登場人物たち一行は、最後、銃を撃つ前線の兵士の隣で写真を撮ります。
戦場カメラマンは、銃を撃つ前線の兵士の隣で写真をとり、時に守ってもらい、下手をしたら邪魔をして致命的な状況になりかねないほど前に出るものでしょうか?
現実の戦争の様子はわかりませんが、ここでは若いカメラマンが「積極的に前に出るようになった」変化を描くための演出、フィクションかもしれません。
戦場でフィルムカメラを使う
駆け出しカメラマンのジェシーが父親のフィルムカメラを使っており、休憩中に現像する様子が描かれます。戦場カメラマンではなく普通のカメラマンであれば、カメラへの思い入れや父親との関係性などが垣間見え「エモい」演出に感じますが、死と隣り合わせの戦場でのフィルム撮影は現実的でしょうか?
彼女がカメラに思い入れがあることを示すための演出、フィクションかもしれません。
火の粉が舞うシーン
危険な状況からなんとか逃げ出したあと、主人公達の車は木が燃えているエリアを通りますが、火の粉が舞う様子を「美しく」「幻想的」に描写しています。映像としては美しいのですが、「危険から脱出し前線に向かう」ことが「美しく」「幻想的」であるという演出でしょうか?
以下のメイキング映像で、ジョエル役のワグネル・モウラは、この火の粉の情景を「集団墓地を目撃しショックを受けていた僕たちの精神状態にピッタリだった」と語っています。
https://youtu.be/00hrUhf832o
なぜシビルウォーを描かなかったのか?
いくつかの仮説が考えられます。
なぜシビルウォーを舞台にしたのか?
1、国をまたぐ戦争を舞台にすると、ストーリー上移動にハードルがあり航空チケットを買うプロセスなどもあるため、出発当日の朝に急に駆け出しのカメラマンを連れて行くことになるとか、移動中にキャラクターが変化していくストーリーにはなじまなかった
2、現実に世界で戦争が起きている現在、具体的な国名を出して戦争の映画を作るのを避けた
3、アメリカ国内の内戦とすれば、ストーリーの舞台として架空の戦争を設定しやすかった
なぜシビルウォーを描かなかったのか?
1、登場人物たちの関係性や変化がテーマのため、戦争の政治面は描かなかった
2、アレックス・ガーランド監督の得意とするストーリー規模からすると、シビルウォーはテーマが大きすぎた
これらのどれか、又は複数の理由によって「シビルウォー」については深堀りされず、「シビルウォー」を舞台にしつつも「ベテランカメラマンと駆け出しカメラマンの関係性」という比較的コンパクトな話としてまとめたのかもしれません。
キャスティングはいいと感じます。それぞれのキャラクターにマッチしていると思います。
中年の女ベテラン戦場カメラマン、リー
→ベテランの落ち着きが表現されています。
相方のジャーナリストの男、ジョエル
→リーに比べてやや危機意識が低い感じが出ています。
高齢の記者、サミー
→知り合いの高齢の記者の雰囲気がうまく出ています。
若い駆け出しカメラマンの女、ジェシー
→見た目も精神的にも幼さがうまく表現されています。
それぞれの芝居もいいです。現実味があり、それぞれのキャラクターがよく表現されています。
フラグとなるようなセリフが見られます。
リーはジェシーに「ミスのない判断なんかないのよ」と言います。それは、リー達についてきたジェシーの判断についての話題として言っていますが、最後は自分へのブーメランとなったというと言い過ぎですが、自分が命を落としています。
また、ジェシーはリーに「私が撃たれたらその瞬間を撮る?」と問いかけますが、最後、それが逆転します。
ジェシーが捕まった様子をリーたちが覗いている時、サミーが「本能でわかる。死が待つだけだぞ!」と言いますが、リーたちが話しをしに行った結果、サミー自身も撃たれ死亡することになります。
被写界深度をコントロールした撮影
あたりまえかもしれませんが、被写界深度をコントロールして撮影していると感じます。
シーンの中の広い範囲にフォーカスを合わせるショットがある一方、時にメインの被写体以外は大きくぼかしています。車の中のような狭い場所でもです。そのことで、客観的な出来事というよりも、パーソナルな出来事の印象が強まっています。
もっとも、必要に応じて後処理でぼかした部分はあるかもしれません。
火の粉が舞うシーン
火の粉のシーンは映像としては美しいです。前述のメイキング映像で紹介されています。
https://youtu.be/00hrUhf832o
人に火をつけるシーンはどう撮影したか?
マネキンとVFXを使ったと、以下の記事で紹介されています。実際の役者による映像と、マネキンを燃やした映像をVFXで合成した、ということだと思います。
Civil War: Chronicling Chaos
https://theasc.com/articles/civil-war-chronicling-chaos#:~:text=%E2%80%9COne%20of%20the%20things%20that’s,the%20mannequin%20and%20the%20plate.%E2%80%9D
内戦を扱ったストーリーに対し、比較的ポップな曲がBGMとして使われています。日常の延長で、どこかひとごとのような内戦の雰囲気につながっています。
音響にこだわって制作されたようですが、私はスマホで視聴したのでその点はわかりませんでした。映画館で理想的な音響環境で鑑賞したら印象は変わるかもしれません。
映画の規模はグレードアップした印象です。
アレックス・ガーランド監督・脚本によるデビュー作『エクス・マキナ』(2014)は好きなSF映画ですが、秘密施設を持つ社長(オスカー・アイザック演じるネイサン)のキャスティングや芝居が個人的には違和感があったのですが、今回は良かったと感じます。
『アナイアレイション -全滅領域-』はもう少し世界観は広がりますが、こちらも不思議な世界を描き、内的な印象のSFです。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』では舞台としては世界観が広がっています。
『エクス・マキナ』の製作費:$15,000,000
『アナイアレイション -全滅領域-』の製作費:$40,000,000
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の製作費:$50,000,000(推定)