別の投稿「密室劇・場面がほとんど変わらない映画リスト」のために久しぶりにデヴィッド・フィンチャー監督の『パニックルーム』を見て、手堅く面白いサスペンス・スリラー映画だと感じた一方、ストーリー上の都合と思われる部分もいくつかあり、解説と感想を書いておこうと思います。
夫と別れた女が娘と急遽引っ越してきたマンハッタンの古い大きなタウンハウスに、3人組の男たちが、既に住人がいると知らずにその家に300万ドルが眠っているとして夜中に盗みに入る。一人はその家の配線を管理している警備会社に務めている。
母娘は監視モニターと厚い壁で囲まれた緊急避難用の密室(パニックルーム)に逃げ込むが、強盗たちの目的の金庫もその部屋にあることがわかり攻防が続く中、男達の中で仲違い(なかたがい)も起きる一方娘が持病の発作を起こす。
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:デヴィッド・コープ
出演:
ジョディ・フォスター(メグ・アルトマン = 母)
フォレスト・ウィテカー(バーナム = 強盗②)
ドワイト・ヨアカム(ラウール = 強盗③)
ジャレッド・レト(ジュニア = 強盗①)
クリステン・スチュワート(サラ・アルトマン = 娘)
デヴィッド・フィンチャーは作家性と商業性を併せ持つ監督だと思います。人々の記憶に残る映画、少なくともタイトルは聞いたことがある映画を多く手掛けています。
『エイリアン3』1992
『セブン』1995
『ゲーム』1997
『ファイト・クラブ』1999
『パニック・ルーム』2002
『ゾディアック』2007
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』2008
『ソーシャル・ネットワーク』2010
『ドラゴン・タトゥーの女』2011
『ゴーン・ガール』2014
『Mank/マンク』2020
『ザ・キラー』2023
この映画は密室劇の側面があります。
冒頭には内見に向かう通り(街)のシーン、建物の入口のシーン、最後にも建物の外のシーン、公園のシーンもありますが、基本的には数フロアを持つタウンハウス(一棟を所有するタイプの住居ビル)内が舞台で、主人公達は最初その中のパニックルームに逃げ込み、強盗たちと対峙します。
強盗たちの目的の金庫もその部屋にありドアを開けさせようとする一方、母娘は電話も繋がらない中、パニックルームの中から状況に対処しようとします。
▶密室劇の映画についてはこちらの投稿をご覧ください。
タウンハウスとは一棟を所有するタイプの住居ビルのことをいうようです。様々なタイプはあるのかもしれませんが、通常、複数の一戸建てが隣の家との壁を共有しており、ニューヨークの場合は大理石、石灰岩、レンガなどを使用した建物とのことです。
驚くべきことに、この映画では撮影スタジオにこの巨大な家のセットが建てられました。以下のメイキング動画で確認できます。
Shooting ‘Panic Room’ (with David Fincher, Conrad W. Hall & Darius Khondji)
https://youtu.be/LE01c_8DGHE?si=TxfyoN-ELGDxLysT
パニックルームとは緊急事態に備えた安全な避難室やシェルターのことをいうようです。セーフルーム(safe room)とも呼ばれ、強盗、暴力行為、自然災害などによる緊急事態に備えた部屋で、アメリカでは普及率が高く、特に富裕層の家庭に一般的に設置されているとのことです。本作のパニックルーム内には便器もありました。
「逃げ出そうと努力する」「状況に対処する」エピソードの中には、並べただけというか他のエピソードとは直接的には関係しないものもありますが、キャラクター設定と状況設定がうまく、サスペンスを作っています。面白いです。ドキドキしながら見ました。
ポイントとなる設定やエピソードは、以下のようなものです。
・男達のキャラクター
男①ジュニア:今回の強盗の首謀者です。強引に進めようとしますが金庫にある金額について他の2人に嘘を言っていました。
男②バーナム:この家の配線を管理している警備会社に務めており、ある程度この家に詳しいです。そのためジュニアからはこの強盗のキモ(重要な役割を持つ)として扱われていますが、彼はお金に困っており住人がいない前提で強盗に参加しており、極悪人ではなく、持病の発作を起こした主人公の娘に注射をしてあげたりします。
男③ラウール:首謀の男ジュニアがバーナムには相談せずに呼んだ人物で、銃を持っていて無慈悲で荒っぽい性格をしています。バーナムとソリが合わないのが、このドラマを面白くしています。
・強盗たちによって警報システムが無効化されている
・主人公たちはパニックルームに逃げ込むが電話は未接続
以下のようなやりとりがあります。
男①ジュニア:電話は通じてんのか?
男②バーナム:俺の勤めてる警備会社が配線を管理してる。記録を調べた。”未接続”だ。
・強盗たちはガスで母娘を燻りだそうとするが、逆に主人公(母)に火をつけられる
・主人公たちは壁から電話線を引き抜きパニックルームにある電話の線をつなぐ
・警察に電話するがお待ちくださいと言われ、一刻を争う主人公は元夫に電話するが、話し始めたところで強盗たちに電話線を切られる
・娘が持病の発作を起こす
・主人公の元夫が現れすぐに殴られ椅子に括りつけられてしまうが、強盗にとっては不確定要素となる。
・元夫は来る前に警察に連絡しており後で警官が現れるが、発作を起こした娘と犯人たちが一緒におり、刺激したくないタイミングだった主人公は、警官たちを追い返す
・もともとアメリカの住居は暗い
私が留学していた時にも感じましたが、アメリカの住居には天井の照明器具がないことが普通で、部屋は夜になると暗いです。
▶︎私がサンフランシスコで住んでいたアパートの様子はこちらの投稿をご覧ください。ただし天井全面の写真はありません。
▶︎私がバーバンク(ロサンゼルスエリア)で住んでいたアパートの様子はこちらの投稿をご覧ください。ただし天井全面の写真はありません。
欧米人に多い薄い色素の目は光に弱いため、暗い明かりを心地よく感じる一方、日本人などの濃い色素の目は光に強く、明るい照明を好むためのようです。
・サスペンスの演出上
この映画の屋内はそれにしても暗すぎるのですが、もともとのアメリカの文化に加え、引っ越してきたばかりで照明器具を買っていないためになおさら暗いということだと思います。ストーリー中、主人公は娘に「暗い」と言われクローゼット?の照明のスイッチをつけています。
しかしもちろん、サスペンスの演出上、それらを利用しているのだと思います。
ストーリー中、強盗が入った時、娘は4階で寝ており母親は3階で寝ており、強盗たちもそれを認識します。別々に寝ていたのはいくつかの理由があると思います。
・家が広い
・母は持病を持つ娘を気にかけているが必ずしも仲がいいというわけでもない
娘はやや反抗的で、内覧中もキックボードを乗り回したり、自分の好きなように振る舞う様子が描かれます。11歳の設定なので、まあ反抗期ですね。父親が不倫して別れたため不機嫌になっている面もあると思います。
・ストーリー上の都合
母が強盗たちの目を盗んでパニックルームを出て、娘のベッドルームに薬を取りに行くときに、遠いほうが観客はドキドキします。
ストーリーの都合と思える母親の無意味な行動も見られます。
母親は強盗たちにハメられてチャンスだと思わされ、発作を起こしている娘の薬を取るためにパニックルームに娘を残し抜け出して上階に行きますが、そのスキに強盗たちがパニックルームに入ってドアを閉めてしまいます。母は閉まる寸前に薬を投げ込みます。閉まる時に男③がドアに手を挟んでしまい、逆に母は銃を拾い、ドアに向けて構えます。
母親:ドアを開けて。娘は病気なの。注射を打たねば。開けて。早く注射を。
男②:開けたら撃たれる
母親:じゃ、あなたが注射を!
男②は部屋にある注射器を見て、娘に自分で打つか聞き、娘は頭を振る
この後母親は、階下に行って監視モニター越しに(くたばれ)と(無音で)言います。ドア越しに会話ができているならこの行動は無意味です。
母親が階下へ行ったスキに男②がドアを開け、男③は手を入れることができます。ドアが締まり、そこへ母親が戻ります。階下へ行ったのはストーリー上の都合だと思います。
主人公たちは壁から電話線を引き抜きパニックルームにある電話に線をつなぎ、警察に電話しますがお待ちくださいと言われ、一刻を争う主人公は元夫に電話し、話し始めたところで強盗たちに電話線を切られます。
しかし不審に思った元夫はその後やってきますが、来る前に警察に連絡しており後で警官が現れます。主人公にとってはちょうど娘の命がかかっていて強盗たちを刺激したくないタイミングで、警官がジャマな存在になってしまったのが皮肉ですが、いくつかのやりとりのあと、母親は、「思い過ごしよ。私は大丈夫」と言って警官たちを返します。
しかし最後、緊迫したやりとりの末、男②が男③を撃ち、事態が収まったタイミングで警官たちが突入してきます。先ほどの警官もいます。
一度追い返した警官たちは、なぜタイミングよく戻ってきて突入してきたのでしょうか?
いくつかの仮説があります。
仮説1:一度は戻ったが、母親の様子その他総合的に不審に思い、戻ってきた。
最初に警官たちが来た時のやりとりの最後、次のようなやりとりがあります。
警官:奥さん、言いたいことがあって、もし今言えないのなら合図をしてください。まばたきするとか何か合図を。何でもいい。安全だと思う方法で。
この「しばらく無言」だったことで何かを察したのかもしれません。あるいは「家に賊がいるとでも?」と発言したことで察したのかもしれません。
仮説2:単にストーリー上の都合
戻ってきた理由が何であれ、「事態が収まったタイミング」で警官たちが突入してきたのはストーリー上の都合ではないかと思います。
日本では「彼氏・彼女と別れたあと友達に戻れるか」というのが議論のテーマになることがあり、それが夫婦となれば一旦別れれば友人付き合いを続けるイメージはあまりありませんが、アメリカの映画では、元夫が元妻の現在の夫と会うシーンが見られます。
日本に比べて個々が比較的自立した関係であることが影響していると思います。
この映画でも別れた旦那が様子を見に来て大変な目に遭いますが、特に復縁は匂わされていないです。
主役の変更があったようです。当初ニコール・キッドマンが主演する予定でしたが、『ムーラン・ルージュ』の撮影中に怪我をしたため降板したとのことです。(ウィキペディアより)
マンハッタンの都市のビルの合間に浮かぶように、映画会社名、主要キャスト名、タイトル、スタッフ名、監督名が出るのが印象的です。
Panic Room (2002) – Opening Title Sequence
https://youtu.be/zRriTwENZ2E?si=jQOD6K9VojHchnLN
コーヒーポットの取っ手やキッチンの壁の開口部や天井/床を抜けるカメラワークがあり、不思議な雰囲気を醸し出しています。
ベッドで寝ている母親からカメラを引いていき、カメラは吹き抜けから階下へ降り、窓へ寄ると侵入しようとしている強盗たちが見え、カメラは鍵穴に入り強盗がドアノブを回そうとしている様子も描き、鍵穴から出て改めて窓から覗く強盗たちを映した後、カメラは翻ってキッチンを進み、コーヒーポットの取っ手の中を通り、キッチンカウンターの開口部を抜け、家の裏側からドアを確認している男を映し、上階に移ると梯子で登る男を映し、カメラはさらに上階へ移動し、寝返りをうつ母親を映しつつさらに上に上がり、天窓から覗く男、そしてハッチの隙間から火花が散ってハッチが開く様子を(映像上)ワンカットで表現しています。
Panic Room [2002] | Through the House
https://youtu.be/jp57gPI1DJI?si=Ire1R_acnyC_w6uY
前述のメイキング映像で、カメラを取り付けたクレーンをトラック(レール)に乗せて移動させながらこのショットを撮影している様子が見られます。実際にはカメラの動きは計算され、その動きを実現できるようにスタジオに建てられた家は設計されていると思いますが、カメラがあたかも縦横無尽に動き回れるかのように見えます。
Shooting ‘Panic Room’ (with David Fincher, Conrad W. Hall & Darius Khondji)
https://youtu.be/LE01c_8DGHE?si=TxfyoN-ELGDxLysT
コーヒーポットの取っ手やキッチンの壁の開口部を抜けるカメラワークの映像はCGで、天井をぬけて階を移動していくカメラワークの一部は動きがつながるように別々に撮影した映像を繋いでいると思われます。
監視モニターのメーカーがSONYなのが時代を感じます。