1979年のタイムスリップSF映画『戦国自衛隊』の感想と考察を書こうと思います。
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自衛隊が戦国時代に突然タイムスリップし、その後戦乱に巻き込まれていくSFストーリーで、自衛隊と戦国武将の邂逅や戦車やヘリコプターで騎馬隊と戦うという、通常はありえないビジュアル的な面白さがあります。
一方これは昭和の男達にとっての異世界転生物語なのではないかと感じます。
しかしここで描かれるのは都合のいい冒険活躍物語ではなく、抑えていたわがままさの発現と破綻です。
現代なら凝ったVFXを使うであろうタイムスリップの表現は初期的な映像表現で、その他演出方法に、昭和を感じます。
演習に参加するために移動中だった陸・海の自衛隊の部隊が突然戦国時代にタイムスリップし、武将の率いる軍団と出会う。自衛隊員たちはそれぞれに状況と向き合うが、混乱の中で考え方の違いも明らかになっていくなか、元々あった軋轢が顕在化して好き勝手な行動を始める者達が出て、リーダーである三尉達に始末されるが、その三尉は武将と意気投合し天下を取るという野望に取りつかれ、戦乱に巻き込まれていく。
同名の小説の映画化で、「自衛隊が戦国時代にタイムスリップしたら?」というアイデアが秀逸で、観客は、戦国時代に突然タイムスリップして戸惑い、混乱し、戦乱に巻き込まれていく自衛隊員と同じ目線で、これからどうなるのかと目が離せません。
アイデアとビジュアル的な面白さ
自衛隊が戦国時代にタイムスリップしたらどうなるのかというアイデアの面白さと、戦車やヘリコプターで騎馬隊と戦うという、通常はありえないビジュアル的な面白さがあります。
ドラマ
一方、いくつかの切り口のドラマも描かれます。
自衛隊の中に元々あった軋轢が顕在化して、命令を聞かず好き勝手な行動を始める者達が出てくるなどの人間関係も描かれ、ストーリーが面白くなっています。
弓矢が基本的な武器である騎馬隊と、鉄で覆われた戦車や空を飛ぶヘリコプターを持つ自衛隊では、圧倒的な差があるにも関わらず、自衛隊員達はおそらく実際の戦闘をしたことがなく、押されていきます。やがて戦車の燃料がなくなってきます。
枠組みとしては立派でも中の人たちはそれほどではないのは、現代に通じる日本的な状況です。
自衛隊が戦国時代に突然タイムスリップして戦乱に巻き込まれていくSFストーリーですが、見るにつれ、要するにこれは昭和の男達にとっての異世界転生物語なのではないかと印象を持ちました。
現代、異世界転生もののコミックなどが異常に多いのは、読者達の現実から逃避したい気持ちが現れていると思いますが、この映画も現実逃避したい昭和の時代の男達の気持ちが反映されていると感じます。
例えば次のような発言があります。
隊を離れ村を襲い好き放題し始めた矢野を始末した後の伊庭(いば)三尉
伊庭: これからは俺の本心のままに生きる。長尾景虎と共に天下をとる。
夜這いのエピソード
伊庭: 女がほしい者はいるか?この下の村で話をつけてきた。
隊員: 長老がいるんですか?
伊庭: 後家さんのいる家(うち)がある。行きたい者は行って夜這いをかけてこい。
隊員: 夜這いって、そんなことしていいんですか?
伊庭: 一人者の後家さんには若いものが夜這いをかける。このへんの礼儀だそうだ。ハッハッハ。
隊員: 俺行く。
別の隊員: お前こういうときは早いな。
隊員: すんません。
別の隊員: よし、行こう。昭和の時代でできなかったことを俺はこの時代でしてくるよ。
伊庭: そのとおりだ。この時代は、息の詰まるような昭和の時代と違う。思うままに生きれる時代だ。遠慮なく行ってこい。
戦いにとりつかれた伊庭に隊員たちが反対するエピソード
さらにあとの方で伊庭が言います。
伊庭: 俺に命令をするつもりか?指揮官は俺だ。指揮官の命令が聞けないやつは、この場で撃つ。
隊員: あなたは、昭和の時代に戻りたくないんですね。この時代で戦っていたいんですね。はじめからそうだったんですね。
伊庭: 昭和の時代に戻って何になるんだ。ぬるま湯に浸かった平和な時代に戻って何になる。武器を持っても戦うことのできない時代に戻って何になる。それよりもこの時代で戦おうとは思わんか?本心のままに生きようとは思わんか。ここではそれができる。
隊員: 全然思いませんよそんなこと!
女房と子供と3人でいつまでも生きていきたいと言う隊員の近くを、伊庭は銃を撃って脅します。
伊庭は、「この時代は、息の詰まるような昭和の時代と違う。思うままに生きれる時代だ」「昭和の時代に戻って何になるんだ。ぬるま湯に浸かった平和な時代に戻って何になる。武器を持っても戦うことのできない時代に戻って何になる」と発言しています。
この頃の昭和は以下のように比較的安定した時代だと思いますが、「ぬるま湯に浸かった平和な時代」で「息が詰まる」と感じていることがわかります。人はどのような状況でも不満を持つものです。
しかしここで描かれるのは都合のいい冒険活躍物語でもハーレムでもなく、抑えていたわがままさの発現であり、戦国時代で機能しなくなり破綻する現代(昭和)の組織、人間関係です。
伊庭と軋轢がある男や彼と行動を共にする者たちは、隊を離れ好き放題し始め、村を襲い村の女達を性の対象とします。
行いが目に余るため、伊庭は、他の隊員達と計画し彼らを始末します。
しかしその伊庭も、武将と意気投合し天下を取るという野望に取りつかれており、指揮官の立場を振りかざし、部下を巻き込み戦乱に巻き込まれていきます。
この映画の公開された1979年の時代背景は以下です。1979年は昭和54年です。
■1979年に発生した主な出来事(ウィキペディアなどより)
・初の国公立大学共通一次試験実施
・大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店で猟銃事件
・日本初のカプセルホテルとなる「カプセルホテル・イン大阪」が開業。
・藤子・F・不二雄原作のアニメ、『ドラえもん』(第2作第1期)が放送開始
・アニメ『機動戦士ガンダム』放送開始
・日本電気(NEC)がパーソナルコンピュータ「PC-8001」を発表
・三菱大夕張炭鉱でガス爆発事故、16人死亡
・第5回先進国首脳会議(東京サミット)開催
・ソニーが携帯型ステレオプレーヤーWALKMAN(ウォークマン)を発売
・東名高速道路日本坂トンネルの下り線で多重衝突事故と車両火災が発生。車両173台が焼失し7人が死亡、2人が負傷
・埼玉県上福岡市のマンションで中学1年生の少年がいじめを苦に飛び降り自殺
・第35回衆議院議員総選挙の投開票が行われ、自民党過半数取れず。三木元首相・福田元首相・中曽根元通産相らが、大平首相の退陣を要求。四十日抗争勃発。
・刑事ドラマ『西部警察』放送開始
・学園ドラマ『3年B組金八先生』放送開始
・キヤノンがAFコンパクトカメラ「オートボーイ」を発売。
・シャープが「ポケット電訳機」を発売
・第2次大平内閣発足
・第1回東京国際女子マラソンが開催される
・国鉄のリニアモーターカーが宮崎実験線において時速504キロを達成(世界初の時速500キロ超え)
倫理観や何をかっこいいとするかの感覚が現代と違う印象です。特に以下の二つの点において感じます。
・女性の描き方
・BGMの演出から見える「かっこよさ」の感覚
女性登場人物は男の恋愛や性の対象として描かれ、キャラクター性は描かれていない
女性登場人物はいますが、どちらかというと置物的というか男の恋愛や性の対象として描かれ、キャラクター性は描かれていないです。
・街合わせをしていた女性和子
道を歩く様子や、後半、戦国時代で戦う自衛隊員達の様子と対比するような、広場での馬術のデモンストレーション(神事)を見る様子など何度か描かれますが、セリフはなく姿からうかがえる以上のキャラクター性は描かれていません。
・隊を離れ好き放題し始めた隊員達が襲うように性の対象とした女達
こちらは単に、現地の女達をあと腐れなく性の対象にするような存在としてしか描かれていません。
・隊員が夜這いに行った戦国時代の未亡人
この未亡人もあと腐れなく性の対象にするような存在としてしか描かれていません。
・戦国時代に一人の隊員が付き合い出した女性
この女は一人の隊員と恋に落ち、その後その隊員を追ってきていっしょに行動するようになり、しかし最後は、光佐や足利義昭に脅された景虎に取り囲まれた自衛隊員達を撃ちます。この行動は恐怖からの行動だと思いますが、モチベーションが不明確です。
歌が入る。英語の歌も挿入される
結構な頻度で歌が入ります。昭和の刑事ドラマで流れるような印象の歌です。「なくすものもない。いえー」というような歌詞です。それによってある種のかっこよさを演出している印象です。英語の歌も挿入されます。
現在も、映画の最後に高揚感のある歌を入れるのが定番の(ありがちな)手法にはなっていますが、この『戦国自衛隊』においては、ほとんど「BGM」として歌を挿入しています。
『戦国自衛隊』は、戦車その他の自衛隊車両とヘリコプター、哨戒艇を使った緊張感と迫力のある撮影が特徴です。
ヘリコプターから伊庭をロープで吊るした状態で海岸ぎわの林の上空を移動する、ヘリコプターからのマフカンの映像。
戦車その他の自衛隊車両と騎馬隊の戦闘ではあちこちで爆発も起き、一部、おそらく模型を使った合成と思われるヘリコプターの墜落と爆発もあり、映像としては迫力があります。
一方『戦国自衛隊』はパソコンを使った映像表現が出てくる前の映画で、アナログな映像処理が時代を感じ、印象的です。
飛ぶ鳥たち、流れる雲、走る馬、太陽のプロミネンス、夕日などいくつかの映像素材をオーバーラップさせることで「タイムスリップ」の表現をしています。
一部のパソコン(例:Amiga)が3DCGやビデオ映像に対応し始めたのが1985年あたりからですがまだ一般的ではありませんでした。私は1993年にMacintosh Quadra 800を購入し、パソコンによる制作に取り組み始めましたが、当時のパソコンはまだ非力で映像制作などはほぼできませんでした。追加のキャプチャボードなどを購入してようやく映像制作できるようになってきたのは1998年頃以降で、業務用のCGもその前後からようやく一般に発展していきました。
ラストでは、本願寺光佐(ほんがんじ こうさ)や足利義昭に脅され圧力をかけられた景虎によって、伊庭に率いられた自衛隊員たちは古寺で全滅します。景虎たちは何も言わずに死体を並べ、布をかけ、寺に火を放ちます。
一見、タイムスリップした自衛隊員たちは全滅したように見えますが、かまやつひろしさん演じる根本は伊庭たちが矢野を始末したあと、一人、現地の少年の兄貴になる約束をしたと言って伊庭たちと離れ残っています。描かれている範囲では、彼だけは生き残ったことになります。