ここではNetflixの大ヒット韓国ドラマ『イカゲーム』の特徴、面白さの考察をしたいと思います。『イカゲーム』は『今際の国のアリス』などと同様、主人公達がデスゲーム(失敗すると死ぬゲーム)に巻き込まれるストーリーです。
このタイプの映画の好き嫌いは分かれると思います。しかし『イカゲーム』は単にデスゲームに巻き込まれるだけの話ではなく、登場人物達の境遇、思惑、性格がレイヤーになって重なっています。しかもストーリーはわかりやすく、ビジュアル的にもポップでキャッチーなのが特徴です。
以下ストーリーの内容に触れます。
借金を抱え、妻と離婚し娘とも別れて暮らし、不足するお金をギャンブルに頼ろうとする男が、お金を賭けたデスゲームに参加する。
○△□の図形を組み合わせて描かれたフィールドを舞台に、攻撃側と守備側に分かれて競う対戦型ゲーム。(ウィキペディアより)
冒頭、モノクロの映像で少年達の遊ぶ様子が映され、「その遊びは”イカ”と呼ばれていた。イカの絵に似ていたからだろう。」とナレーション(日本語は字幕)が入り、ルールが説明されます。
また、このゲームがストーリー内の最終ゲームとなっており、ドラマのタイトルとされています。
主人公は、借金を抱え、妻と離婚し娘とも別れて暮らし、運転代行の仕事をしながらも稼ぎは少なくギャンブルに明け暮れる男ですが、娘思いで、娘の誕生日に食事に連れていってプレゼントをするためにギャンブルをします。
しかしそこで稼いだお金を借金取りから逃げる時に落とし、しかたなくUFOキャッチャーでプレゼントをゲットしようとします。
そんなダメ男ダメ親父ですが、それでも憎めない雰囲気なのは、単純な性格で、嬉しい時はいい笑顔になることや、娘を思い、娘のほか周りの人に優しい点です。役者の持つ雰囲気によるところも大きいのではないかと思います。
最初にゲームに参加する時に催眠ガスをかけられ眠らされていた参加者達が、広い空間に何段にも重なってコの字型に並んだベッドで目覚めるのが視覚的に面白いです。
それを整然と並んだモニターの前に座って管理するスタッフ達はピンクのユニフォームを着てフェンシングのマスクのような仮面をし、そこに○や△や□が描かれているのもキャッチーです。○△□は基本的な図形であると同時に、イカゲームを示唆していると思います。
参加者は緑の体操服を着せられ、その緑と管理側のピンクのユニフォームのコントラストがグラフィカルです。
デスゲームの施設内が幼稚園のようなパステルカラーのポップなデザインで、上記の服装をした参加者や運営スタッフ達が並んで迷路のような階段を歩いている様子は漫画的でキャッチーです。
メンコ、だるまさんがころんだ、綱引きなどのわかりやすいゲームが特徴です。しかも多くのゲームは動きのあるゲームのため、見るゲームとしてわかりやすいです。
主人公をはじめ、主要な登場人物(ゲーム参加者)の、どうしてもお金が必要なひっぱくした境遇がていねいに描かれています。
失敗すると死ぬデスゲームですが、2重3重に参加者達の意思、尊厳が尊重されています。
例えば以下のような部分です。
・借金を抱えている者にゲーム参加のアプローチがあるが、拉致ではなく連絡先のカードが渡され、自分から電話して自主的に参加している
・会場に集められて説明を受けたあと、参加を希望しない者はやめることができる
・参加者の過半数の同意でゲーム中断をすることができる
実際、ゲーム中断の多数決が行われますが、目の前に賞金総額の札束現物を見せられ、投票がきっちり半半になり、最後の一人が投票する展開となります。
その他、
・時間は制限されているがトイレもある
それぞれの問題を抱えた参加者達が自分の意思でお金を賭けたゲームに参加し、尊厳も尊重されているため、ストーリーを牽引するのは「理不尽なゲームをやめさせること」や「運営側への反発」といったモチベーションではなく、それぞれの抱える事情やキャラクターから生まれるドラマとなっていきます。
登場人物それぞれの境遇だけでなく、性格や考え方などキャラクターの違いもていねいに描かれています。
例えば以下のような人がいます。
・足手まといになりそうなおじいさん
・暴力で優位に立とうとする、いかにも悪そうな男
・自分の身を守るために、
・小賢しく立ち回る無愛想な若い女
彼女はスタッフを欺いて、施設内を探索します。
・組織化して対応しようとする者
主人公とその友人、知人などがチームになったほか、他にもチームを作る者が出てきます。
・信仰にすがろうとする男
・次のゲーム内容を聞き出すために裏で運営スタッフと繋がっている医者
その一方で、参加者どおしで殺しても運営側は何も咎めず、亡くなった人のぶんの賞金が積み上がる様子が描かれ、参加者どおしに緊張感が生まれます。
ストーリー中、最初のゲームから出た主人公の話を警察は真面目には受け取らず、相手にされません。
しかしこの時たまたまゲームの連絡先カードを見た若い警官が、行方不明の自分の兄の部屋から同じカードを見つけ、個人的に主人公に接触し、その後参加者を乗せたゲーム主催者の車を追い、施設内に潜り込み、運営スタッフと同じユニフォームと仮面をかぶって運営者の一人になりすまします。このあたりはサスペンス調になっています。
実際に警察が組織的に動き出せば、主催者は逮捕されてストーリーにならないと思いますが、ここでは警官が個人的に追うのがミソです。警察でありながら弱い個人でもあることで、緊張感が生まれています。
今まで同じチームとして力を合わせていた者どおしで対戦しなければならないゲームで、極限状態の中、裏切る者が出てきます。
運営スタッフのうちの数人が参加者の一人と繋がり、裏で不当なビジネスをしています。
以上のようにドラマに様々なレイヤーがあるのが面白いです。
シリアスな境遇やゲーム内容だけでなく、コミカルな表現やサスペンスの側面もあり、それらのバランスがよく飽きさせずサクサク見られます。
ただしストーリーの性格上、グロテスクで非倫理的な表現があるため、人によって感じ方は異なるかもしれません。
サバイバルゲーム、デスゲームの映画では、しばしば、命を賭けたひどいゲーム内容に対して、人をくったようなやけに明るい調子で説明がなされたりしますが、『イカゲーム』でもそういった演出が見られます。
起床や就寝、ゲームの進行を伝える女声アナウンスがいかにも場内アナウンスといった印象で、妙な雰囲気を作っています。
また、例えば、だるまさんがころんだのゲームの、多くの人たちが動いてしまい撃たれてしまうシーンで、シャンデリアの煌く部屋でお酒を飲みながらモニター越しにゲームの様子を見ているゲーム運営のリーダー格の「フロントマン」が、「フライ ミー トゥ ザ ムーン」の音楽をかけ、それがこのシーンのBGMにもなります。
詳細なネタバレはしませんが、最後に、このゲームの首謀者が明らかになります。その口から語られる言葉から、現代社会の抱える経済と貧困、老いや生きがいの問題がずっしりと響いてきます。
日本にはサバイバルゲーム・デスゲーム系の映画やコミックが多い印象で、これは日本の社会の「気分」が影響していると思いますが、『イカゲーム』には日本以上とも思われる厳しいヒエラルキー社会である韓国の「気分」が現れているのかもしれません。競争社会、格差社会において脱落した人や脱落することへの恐怖を感じる人の気分がベースにあるのではないかと思います。
『イカゲーム』は単にデスゲームに巻き込まれるだけの話ではなく、登場人物達の境遇や問題といった物語・思惑が何レイヤーにも重なっており、しかしストーリーはわかりやすく、デスゲームですが参加者の意思が尊重されており、ビジュアルや音楽も工夫されているのが特徴です。